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チャンス…
訳がわからなくて首を傾げる。
それはどういう…?
「俺がお前のことを好きだという気持ちは本当だ。だが、加藤の気持ちが無いまま結婚の話を進める気はない。だから、お前の三ヶ月を俺にくれないか?」
真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれる。そこには絶対零度の男の姿はない。顔がどんどん熱くなる。きっとゆでダコのようになっているに違いない。恥ずかし過ぎて視線を逸らしたいのに、その瞳に捕らえられて動かすことが出来ないでいた。
「三ヶ月同棲して、加藤がそれでも俺のことが嫌いなら婚約の話はなかったことにしよう」
三ヶ月…。
この人と一緒に過ごす。
あの怖い課長と。
そう思うと恐怖しかない。
でも、目の前にいる課長は…
今まで私が知っている課長とは少し違う。
もしかしたら、もっと私が知らない課長の一面があるのかもしれない。それに、数日で同棲解消となると親にも怪しまれるし、またお見合い話が再燃する可能性も十分にある。
「…わかりました」
私の言葉に課長は、少し驚いたように目を見開いた後に「ありがとう」と柔らかい笑みを浮かべた。それは実家で見せた猫被りの笑みとは違う、嘘偽りの無い笑み。
トクン…
観賞用としては申し分ない課長の容姿だ。そんな笑顔…ズルすぎる!さっきから顔が火照り過ぎて、鼻血が出そう。いや、出るっ!!!
三ヶ月。
私、その頃失血死してないかな?
もう一つ不安要素が増えた。
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「お邪魔します…」
会社の最寄駅から一駅。徒歩数分の非常に良い立地にそびえ立つ高層マンションの一つが課長のお住まいらしい。モノトーンを基調としたデザインで、とてもスタイリッシュな印象だった。
うん、良い言い方をするとシンプル。
悪い言い方をすると…
「何も無い…んですね」
そう、何も無い。リビングにあるのはソファーとテレビ、あとダイニングテーブル。以上。全くもって生活感が感じられない。
課長っぽいと言えば、そうなのかもしれないけど。
「あぁ、家なんて寝に帰るだけだったからな」
当の本人は、特に気にも留めず淡々と私の荷物を部屋へ運び込んでくれている。その表情はいつものように冷静に仕事をこなす課長そのもの。
「えっと、キッチン見ても良いですか?」
一通り荷物を運び終えた課長は「あぁ」とだけ返事をすると、すぐに部屋を出て行ってしまった。
キッチンはアイランド型で、白を基調としたシンプルなデザイン。コンロの方を見てみると、まるで新品……。いや、もしかしたら新品なのかもしれない、とさっきの課長の言葉を思い出していた。
「やっぱり…」
粗方予想はしていたけど、食器棚には本当に必要最低限の食器しかない。きっと片手で数えられる程しか使われていないんだろうな。勿体ない。
ただ全く使われた形跡はないけど、炊飯器や給湯器、電子レンジや鍋など何とか必要最低限のものは取り揃えられていてホッとする。
でも、食器はこのままじゃ足りないから…今度買い足しておかないといけないかな。冷蔵庫の中も飲み物しか置いてないし、この後買い出しに行けるかな?
これからのことを色々考えあぐねていると、一つ大事なことを忘れていたことに気がついた。
「加藤、寝室なんだが…」
「しっ、寝室っ??!」
あまりにも良いタイミングで声をかけられて、思わず上擦った声が出てしまった。
「一緒に寝てもいいんだが…」
「むむむッッ無理です!!!まだ、心の準備がっ!」
いや、寝室一つしかないんだったら…自動的に一緒の部屋に…。やっ、そ、それはまだちょっと。
目をグルグル回して慌てふためく私の頭上に大きな手のひらが覆い被さった。
「馬鹿者。冗談だ」
私を覗き込むように囁いた課長の顔は、それはそれは…何とも妖艶で、それでいて悪戯っ子みたいに微笑んでいて。この人は本当に…たちが悪い。絶対に私をからかって楽しんでいる!
「空いている部屋が一つあるから、そこを使えば良い。ただ、今日は布団が無いから…加藤が俺のベッドを使ってくれ。俺はソファーで寝る」
よかった…。別の部屋なら問題ない。そうホッとしたのも束の間。ん?課長がソファー?課長のベッドで私が??
「ぜーったいにダメです!課長がソファーで寝るなんて!!私がソファーで寝ますから!お願いですから課長は自分のベッドで寝てください」
三人掛けの座り心地良さそうなソファーと言えども、長身な課長が寝たら絶対に足がはみ出る。流石にそれは申し訳ないし、私が課長のベッドで寝るとか。なんだかよくわからないけど、すごい恥ずかし過ぎる。
だけど全く引いてくれない課長はキレッキレの頭で私を言いくるめ、最終的にはまだ仕事をするから私がリビングにいると邪魔だと言い放ち、渋々課長の案を受け入れることになった。
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