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カタカタとキーボードを打つ音だけがリビングに響く。視線は画面を捉えているが、打たれた文字をただ眺めているだけだ。
彼女がすぐ隣の部屋にいると思うだけで胸が高鳴り、平常心を保てなくなる。
昼間は思わずキスを………
そこまで考えたところで思わず頭を抱えた。どうしようもなく顔が熱い。
「こんなはずじゃなかったのに」
ふと漏れた言葉は広いリビングに放たれた後、そのまま消えてなくなった。
彼女の実家へ行ったところまでは計画通りだった。婚約者代理を探していると聞いた瞬間、絶対このチャンスを逃してたまるものかと思った。仮ではあったが、婚約者という立場を手に入れ、彼女の連絡先を入手して、この立場を利用して少しずつでも良いから彼女との距離を埋めよう。そう思っていた。
それなのに…。
同棲したら良いんじゃないかという提案を受けた時、何かしら理由を付けて断ることも十分できた。だけど…隣りで顔を真っ赤にしながら慌てる彼女を見ていたら、ずっと側にいて欲しいと思ってしまっていた。挙げ句の果てにはキスまで。
彼女が俺の事を嫌っているのは知っている。それは仕方ない。仕事モードの俺は、決して優しくない。毎日のように彼女に檄を飛ばしている。
だから、ゆっくり…そう思っていたはずなのに。
「バカだな。俺は」
彼女を前にすると冷静で居られなくなっていた。仕事モードの俺だったら制御出来ていたのに。気が付けば思いの丈をぶつけていた。
正直言って、彼女が俺のことを恋愛対象として考えてくれる日が来るのかはわからない。でも、少しは期待してもいいのだろうか?
普段の彼女の様子から考えれば、絶対断られると思った三ヶ月の同棲。でも予想とは裏腹に彼女は少し考えた上で了承してくれた。
このチャンスを逃したくない。
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