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「協力してくれれば、藤原さんが関与したとは絶対にバレないようにしますし、研究上の便宜を所長から引き出すことだってしてあげられますよ。藤原さんに悪い話は何もないはずです」
こんな風に人をハメておいて、このことが絶対にバレないとか、ましてや研究上の便宜を図るという九条の言葉など、信用できるものか。俺はどう考えても危ない橋だと思ったが、こちらから反撃する手が残っていない以上、九条に言われた通りにするしかなかった。つまり、この赤ん坊をラボ内から安全に脱出させる手伝いをすることだ。俺たちと入れ違いでランチ休憩に行った研究員が戻って来るのは一時間後。もしそれまでに作業が間に合わず、その研究員もろとも九条が懐柔するとしても(その策についても既に用意してあると九条は言った)、本部会議出席者が戻って来る二時間後には、ラボから全ての痕跡を消して通常営業に戻さなければならない。
手始めに俺が始めたのは子供の出生届と住民登録だ。九条がいきなりそこらの役所に出生届を出そうものなら当然一発アウトなので、ラボの端末を通じてこの子供の出生届と住民登録をする。
「お前の養子ってことでいいな?」
俺は登録用画面をみながら、俺の後ろで証拠品の処分にあたっている九条に声をかけた。登録作業自体は簡単なものなのに、恐れからか俺の指は意志に反して小刻みに震え、打ち間違いが酷い。俺が養子での登録を提案したのは、当局に保護された非合法子を養子に取る事は一般的なことだし、人口管理局の若い職員が義憤からそうした子を養子として引き取るというストーリーにすればまず疑われないからだったが、九条は厳しい顔でかぶりを振った。
「いや、養子では駄目です」
「それ以外にしろってのか?」
「藤原さん、余計な口を挟まずにさくさくやってもらわないと。これで黙ってもらえます?」
九条はその中性的な顔で嫣然として微笑み、分厚い封筒をもう一つ俺のテーブルに置いた。俺はそれを彼の胸に押し戻した。
「金の問題じゃねえよ。お前がどうしてこんな危ないことやろうとしてるのか知らないが、まずバレないことが先決だろうが。」
「済みません。でも…養子じゃ、僕の目的は達成できないんです」
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