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プロローグ
深夜の都会はイルミネーションの光が眩しすぎる。眠らない街とはよくいった物だ。たしかに、眠るという気配を感じさせることがない。
そのせいか、制服を着た少女でも平気で街中を彷徨い歩く事が不自然に感じられない。
少女はフラフラと左右に体を揺らしながら歩く。まるで目的地に向かっているという訳ではなく、ただ、何か見えない先を求めて歩いているといった感じだ。
そんな姿を天空から黒い眼差しで見つめる者がいた。その者は『感覚』で感じ取ったのだ。
『この少女は・・・。命を捨てるのか・・・』と。
黒い眼差しを持つ者は、ゆっくりと彼女の周りを上下に浮き沈みを繰り返しながら、行き先を見ている。その者には顔は無い。黒い汚れた衣服はローブと呼ばれるファンタジーに出て来る魔法使いが着ている服に似ているが、裾はボロボロに破け、下半身をぼんやりとしか存在をしていない。
少女がぼーっとした視線で人気の無いビルを見上げた。ただ、ジッと見上げている。その眼には生気を宿している感じが感じられない。すでに、何かを諦め、絶望に伏している眼である。
少女は何を思ったのか、そのビルへと入って行く。黒い眼差しを持つ者も後を追いかけるようについて行く。
少女はエレベーターに乗り、上の階へと向かう。黒い眼差しを持つ者も、壁や床、天井をすり抜け追い駆ける。
彼女は最上階でエレベーターを降りると、無言のまま屋上へと向かう階段に行き、上へと向かう。
目の前にある鉄の扉のドアノブに手を掛け、ゆっくりと回す。が、鍵が掛かっていて扉は開かない。少女はドアノブの鍵を反時計周りに回す。カチャという音と共に扉の鍵が解除された。再び、少女はドアノブに手を握り、ゆっくりと回す。扉は金属音を軋ませながら外へと開く。扉の向こうから吹き込む風が少女の髪を大きくなびかせる。
その瞬間だけ、少女は目を大きく開いて視線の先を見つめた。
少女にとって最後の華やかな風景だった。
ビルのネオンサインがカラフルな色に変わりながら点滅している。ゆっくりと点滅を繰り返すイルミネーション。窓から室内の明かりが漏れている。
少女はその時、初めて街の音を感じた。街の喧騒は賑やかで華々しく感じる。今の自分とは大いに違っている。
少女はゆっくりとビルの端へと歩き出す。屋上の壁は胸までの高さがあるが、少女はそんな事を気にも止めず、靴を脱ぎ、手にしていたカバンをその場に置き、スカートが大きく捲れる事すら気にしないまま、手すりに足を掛け、壁に昇ろうとした。
黒い眼差しを持つ者が、その姿をジッと見つめながら、少女の上空をゆっくりと旋回し始めた。それは、何かの合図にも取れる行動だった。
少女が少し高さのある手すりに昇ろうと手間取っている時、彼女の後ろから声が聞こえた。
「ねぇ・・・。あなた、死ぬ前に少しだけ私の話を聞いてくれる?」
ビクッと大きく体を驚かせた少女は足を手すりから滑り落とし、その勢いで床に倒れ込んだ。
「大丈夫?けがはしていない?あっ、でも、これからあなた、死のうとしていたんでしょう。でも、死ぬ前に私の話を聞いて。そして、あなたの話も聞かせてくれる?」
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