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第1章 占い師
夜の人気の少なくなった品川駅前に、珍しく小さな机を出し、ぼんやりとしたろうそくの明かりが灯った灯篭に、『占い』と書かれた看板を掲げている少女が、簡易椅子に座っている。
近くの路地裏の居酒屋から酒を飲んで酔った客が出てくる。顔を赤らめながら少女の前を歩き過ぎて行こうとするが、その内の一人の酔っぱらいが仲間に「おい・・・。面白そうだから、一度・・・。見てもらおうぜ」と言いながら少女の前へと引き換えしてきた。
そして、机の前に置いてある椅子に座ると、「お姉さん・・・。どうやって占ってくれるの?」と聞いてきた。
少女は暗い灯りの中、顔を静かに上げると、「私の占いは守護霊占いです。あなたを守っている守護霊にあなたついて聞き、それをもとにあなたのこれからの運命を占います」と答えた。
「俺に守護霊なんているのかな・・・?」と酔っぱらいの男は後ろに立つ仲間の顔を見つめた。すると、後ろにいる仲間の一人の男が「いるわけないじゃんか。お前なんかに」と返し、大笑いをした。
「そんな事はありません。どなたにも守護霊は存在します。悪人でも善人でも。それが、汚れた守護霊か清い守護霊かは、その人の魂次第です」と少女がいうと、笑いは一瞬にしてやみ、男は少し真面目な表情を見せて、「なら、その守護霊占いとかで、俺のこれからの運命を占ってくれよ」といってきた。
「わかりました」と少女が応えると、彼女は静かに目を閉じ、両手を合わせ、暗い夜空を見上げるように何かを祈り始めた。
その動きにつられ、男も街の明かりの向こうに見える夜空を見つめる。もうすぐ真夏を迎えようとする空には、どんよりとした雲が漂っている。
少女が夜空を見上げていたのは数秒間の間だった。
「お客さん・・・。なんでこんな時間までお酒を飲んでいたんですか?急いで帰らないと、妊娠の奥さんが!今、破水して奥さんが困っていますよ!」と険しい表情で少女がいった。
その言葉を聞いた男性客は「何を言っているんだ!適当なことを。さっき、嫁と電話で話して、大丈夫だって!確認しているんだぞ・・・・」と男は不機嫌そうな表情を作って立ち上がった。
その瞬間、彼のポケットに入っていたスマホが鳴った。彼がスマホを手に、その画面に表示された相手の名前を見て、少し曇った表情に変わる。男の声に微妙な緊張感が感じられる。
「もしもし・・・。どうした?」と口を開いて、すぐに男の表情が蒼白に変わった。
わずか数秒間の会話だったが、電話を切るなり男の顔から血の気が引いていくのが周りにいた誰もが感じた。
男は少女の方へ視線を向けると、「何でわかったんだ・・・」と恐怖と緊張に満ちた声で尋ねた。
「そんな事より、急いでください。奥さんは自分で救急車を呼びました。あなたは一刻も早く、奥さんの所へ!大丈夫です。無事に赤ちゃんは生まれます」
その言葉を聞いた瞬間、男は今やらなければいけない事を思い出した。少女に笑顔を一瞬見せると、「釣りはいらねえ」と財布の中から5,000円札を出して、「ワリぃ。嫁が。子供が生まれそうなんだ。急いで帰るわ」と仲間に言い放つと、駆け足で駅に向かって行った。
少女は、置かれたお金をポケットにしまうと、後ろに立っていた男の仲間の方へ視線を向けて、「占いますか?」と尋ねた。
取り残された男の仲間たちは、一同に順番に「占ってくれ」というと、我先にと椅子に座った。
少女は順番に占っていく。その結果が当たりかハズレかは翌日以降にならないとわからない。お客は一人ひとり、占いの代金を払って笑顔で帰っていった。
少女はそのお金をポケットにしまうと、静かに立ち上がり、ビルの影から感じる視線に注意を払いながら、灯篭のろうそくの明かりを消して、机を片付け始めた。
向かいの居酒屋の裏口に行くと、「今夜もすいません。これ、置かせてください」と店の人間に断って置かせてもらうと、駅の方向へ向かって歩き出した。
駅の改札へ向かう階段の手前を右に曲がって、左右を確認しながら通りを渡り、歩道を左に向いて歩き出した。しばらく道なりに歩いていく。右手の大きなビルを回り込むように歩道を右に進んで行く。ビルを挟んで駅の反対側に来ると、二車線の通りを再び渡った。目の前に背の高さよりも少し高い街路樹が左手に並んでいる。その先で街路樹が切れている。左手に曲がる道があり、この時間はとても人が歩いているような時間ではない。
少女はその脇道へと曲がる。ふと、生温い風が少女の周りを吹き抜けた。その瞬間、極端に冷たいと感じる物が彼女の無い心に触れていただろうが、少女には心が無いからそれは感じられなかった。しかし、その冷たい物が何かはわかっていた。
「わかっているよ・・・。でも・・・、汚れた心を持つ人間だから・・・、つまらないよ?いいの?」と誰かと独り言のように話し出した。
「そう・・・。わかった。ミチコさんに任せるわ」と少女がいうと、急に小走りに走り出した。
すると、後ろから同じように足早に少女に近づいてくる足音が聞こえた。
少女が立ち止まると、後ろから近づいて来た足音は駆け足になり、その足音の人物は後ろからいきなり少女の体に抱き着いてきた。
「騒ぐな!金を出せ。たんまり、客からもらっていただろう」と少し曇った声が少女の耳に聞こえた。
「・・・」と少女が抵抗する。
その声の主の男は、少女の胸に手を持って行く。少女がその手を引き離そうとする。
「抵抗するなら、殺すぞ」と男は少女を脅してきた。
少女は「離してください」ときっぱりとした口調で言い放った。しかし、男はその言葉に逆上したのか、少女の体を自分の方へ向かせると、いきなり平手で彼女の頬を思い切り叩いた。
少女は顔に衝撃と痛みが走り、そのまま勢いで横に倒れ込んだ。しかし、次の瞬間、彼女は微笑を浮かべながら男の方へと向き直る。
「なっ・・・、なんだよ」と男が少し気味悪そうな声を出す。
「あなた・・・。相当、魂が汚れているのね・・・」というと、少女はゆっくりと立ち上がった。
少女は右手を挙げると、「私のペット達の餌になりなさい」と呟いた。
少女の目の前に黒い影が地面から浮かび上がる。黒い影はフワリと浮かぶと、2体に分かれ少女の前に立ち塞がる。
「なっ!なんだ・・・、この影みたいなものは・・・」と男が恐怖に満ちた声でいう。
少女を襲った男は見た目は30代前半の無精ひげを生やした男だった。服装は黒っぽいパーカー黒の作業着ズボン。
少女は右手を挙げ、前に突き出した。その手を広げると、目の前にいる二つの悪霊が静かに男の左右に挟み込むように近づいていく。
男はその不気味な影に恐怖を感じ、その場に倒れ込んでしまった。腰が抜けたようだ。
「私が飼育している悪霊達よ。彼らはソウルイーターといって、人間の魂を好んで食べる悪霊。特に、悪い人間の汚れた魂は彼らの大好物なの。悪いわね・・・。ここで襲わせたのは、あなたが私のお金を狙っていたことを知っていたから。ここまで、私の計画の一つなの」と彼女がいったが、男には黒い影のソウルイーターたちに挟まれ、その冷たいこの世の物とは思えない手で、体の中にある何かを掴まれていた。そんな状況下では少女の声は届いていないだろう。
ソウルイーターが触れた男の体から赤黒い澱んだ光を放つ小さな光の玉を持ち上げた。その光に向かってソウルイーターが目鼻の無い顔に大きな牙を生やした口を大きく開く。
男は怯え、何も声を出せないまま体をガタガタと震わせるだけだった。
男の体から取り出された赤黒い澱んだ光は、ソウルイーターたちの大きな口に光となる生気が吸い込まれていくたびに、赤黒い光が白く黄金の光へと変わっていく。
男の体から取り出された赤黒い澱んだ光は、真っ白な黄金の光を放つ小さな玉へと輝きが変わった。男の体から取り出された光の玉は、黄金の光を放つ玉へと変貌し、男の体の中へと戻された。
少女はその様子をジッと眺めていた。そして、光が男の体に戻りきると、「浄化しました・・・」といって、男に背中を向けて歩き出した。
男はその場に腰を抜かしたまま座り込んでいる。その表情は何が起こったのか周りの状況を確認しようとキョロキョロするだけだった。
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