第1章 占い師

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 誰かが扉をノックした。返事をしなくても誰が扉を叩いたかは、その力加減でわかる。このノックの仕方、強さは『たすけ』だ。 「失礼します」  その声を聞いて、布団の中で少女は『あれ?』となったが、すぐに記憶を遡って思い出した。 「亜美様。おはようございます」とたすけが傍で声を掛ける。と同時に窓際のカーテンが『ザァッ』と開けられた。 『このカーテンの開け方は・・・、みちこさんね・・・』といつもの雰囲気と変わらない朝を迎えた事を喜ばしく思える。 「まだ眠いわ・・・。もう少し寝かせて・・・」と少女は布団を頭からかぶり、静かに寝息を立てた。 「亜美様。起きてください。すでに15分遅れています。このままですと、本日、お受けする雑誌社の取材のお時間に間に合いません」と燕尾服を着た中年の男が、窓際に立つ女性に向かって、目で合図を送った。 「失礼しまぁす」と女性の声が聞こえたかと思うと、いきなり布団がめくられた。 「ちょっ!みちこさん」と少女は隠す物が無くなった事で、見られたくない仕草で寝間着の下の膨らんだ部分を両腕で隠しながら、両手は両腿の間に入れた。 「亜美様!早く起きてください」  亜美と呼ばれた少女がゆっくりと目を開けると、青いメイド服を着た若い10代の少女が掛け布団を床に落とす姿が目に止まった。 「あぁ・・・。みちこさん。その体の少女はどうしているの?」と渋々体をベッドサイドに起こしながら、右手で髪を大雑把に掻きむしる。 「この体の少女・・・?あぁ、まだ戻って来ていません。相当、悩んでいるんだと思います」と目の前に立つ、みちこと呼ばれた若い姿の少女が答えた。 「あれから3日過ぎたけど・・・。そう、まだ戻って来ないんだ・・・」と亜美は立ち上がると、クローゼットを開き、中から自分の年に合った服を選んで着替えようとするが、まだ目の前に男の姿をしているたすけがいる事に気づくと、「いくら悪霊の姿だからといって、一応、若い乙女の着替える姿を覗くのは感心しないわ。って、いつも言っているわよね?」といった。 「あっ、これは失礼・・・。魂がこの体から抜けているのと、私自身、それほどの記憶が戻っていないもので・・・」と謝りながら、たすけは部屋を出て行った。 「亜美様・・・」と呟くと、みちこという名前の少女も部屋を出ていく。  一人残った亜美は、寝間着から服に着替え始めた。  数分後、大きな食堂に現れた亜美は、すでにテーブルの上に並べられた朝食を見て、満足そうな笑みを浮かべると、「いただきます」と挨拶をしてから、食べ始めた。 「今日の雑誌社の取材って、誰かの紹介かしら・・・?」と、亜美が誰ともなく声を出して聞いた。 「誰という訳では無さそうです。突然、ご依頼がありましたので・・・」とたすけが答えた。 「えっ、でも。今日の取材に来る雑誌社は占いの記事は載せて無いわよね?」 「はい・・・。ですが、この体の記憶によりますと、系列の会社のようですが・・・」と、たすけが自分の頭を右手の人差し指で叩きながら言った。 「たすけ!その体は、まだ借りものなんだから、大事に扱って!」と、亜美が険しい表情を作って、睨みながら言った。 「はい、失礼いたしました」とたすけが頭をぺこりと下げて謝った。  亜美が朝食を食べ終え、歯磨きを始めた頃、2階の廊下から掃除機をかける音が聞こえ始めた。  メイドのみちこが、掃除を始めたのだ。  亜美は掃除機の音だけを聞きながら、今、みちこが何をしているのか、どういう動きをしているのか想像がつくぐらいだ。  それが3分ほど続いた。  掃除機を重そうに持ちながら、2階からみちこが降りて来たのだ。 「重そうに・・・」と、亜美は見ただけの率直な意見をいうと、みちこは「重そうに・・・、じゃないです。重いんです!この体の持ち主は、体力が無さすぎます!だから、学校でいじめられるんです」と愚痴をいった。  それを聞いていた亜美は、「みちこさんも、それを言ってはダメです。また、彼女がその体に戻ったら自殺を考えてしまうわ。注意して」とみちこの態度を注意した。 「たすけさん。今日のその取材は何時頃に来るの?」と亜美が聞いた。  たすけは壁に掛かっている時計を見つめると、「そうですね・・・。お約束の時間は10時でしたね、あと30分くらいです」と答えた。 「なら、写真とかも撮るかもしれないから、一応・・・、お化粧でもしようかしら・・・」と亜美は立ち上がると、2階の自分の部屋へと戻った。  亜美は自室に戻ると、窓のレースのカーテンを軽く指でつまみ開けると、初夏の太陽が眩しく、光が部屋に差し込んできた。  化粧台に向かい、人間の化粧品の入っているポーチを開くと、ファンデーションやリップを取り出し、軽く化粧を始めた。途中、サイドテーブルの上に置かれているペットボトルの炭酸水を口に入れ飲んだ。  10時10分前に時計の針が示した頃、階下の方で呼び鈴が鳴った音が聞こえた。亜美はその音を気にせずに化粧を続けている。しばらくすると、ドアをノックをする音が背後から聞こえた。 「亜美様」とドアの向こうからたすけの声が聞こえてきた。 「何?お客様が来たの?」と亜美が返すと、ドアの向こうのたすけが「はい」とだけ答えた。 「すぐに降ります。応接室にお通ししておいて」と亜美がいうと、「わかりました」とたすけが返事をし、部屋から離れていく足音だけが亜美の耳に残った。  亜美が階下に降り、メイド服を着たみちこが、部屋の前で立って待っていた。みちこは亜美の服装や化粧、髪形を軽くチェックすると、「大丈夫です」とOKを出し、応接室の部屋のドアを開けた。  廊下に部屋の中から太陽の光が漏れてきた。  亜美が軽く会釈をして入って行くと、黒い革張りのソファに座っていた青年が立ち上がって、彼もまた会釈をした。 「どうぞ、お座りになってください」と亜美がいうと、彼は「失礼します」といってソファに座った。  亜美は青年の向かい側に腰を下ろすと、「ここの家の主、般若亜美(はんにあみ)といいます」と挨拶をした。 「どうも、初めまして。スパーク文芸社の土方歳巳(ひじかたとしみ)といいます」と彼もまた挨拶を返しながら、自分の名刺を亜美の目の前に置いた。  土方はそのまま話を続けた。 「今回、突然の取材にご対応していただきありがとうございます」と一言感謝の言葉を伝えた。 「いえ・・・。ただ、今回の取材はどなたかのご紹介ですか?」と亜美が尋ねた。 「はい。先日、某食品メーカーさんへ新商品の取材に行った際、そちらの社員の方から面白いお話を聞きまして。それで少し調べさせていただきましたら、他社様の占いコーナーの記事を担当されている般若様の事がわかりましたので、今回、ご無理をいってお時間を作っていただきました」 「そうですか・・・。雑誌社の調査能力は物凄いものですね。今まで、そうやって取材に来られた方は初めてです。ほとんどの方は私の占いのお客様だったので・・・」と亜美が答えた。  そのタイミングでたすけとみちこが二人の目の前に紅茶の入ったティーカップを並べた。 「そうなんですか?では、後で僕も占っていただくとして、早速、取材に入らせていただいても宜しいですか?」と土方が尋ねてきた。 「どうぞ、何も遠慮せず聞いてください。あっ、一応女の子なので・・・、性的な質問はやめてください」と一つ警告した。 「了解しました。では・・・、まず、改めてお名前と年齢をお聞きしても宜しいですか?」と土方は聞きながらA4はある大きさのノートみたいな手帳を広げた。 「般若亜美。年は23歳です」 「ご職業は?」 「えっ?ご存じでは?」と亜美が聞き返すと、土方はノートから視線を外して亜美の顔に視線を向けた。 「あっ、すいません。形式的な形でやらせていただきますので、一応、職業もお聞きします」と土方が申し訳無さそうな表情を見せながら答えた。 「そうですか・・・。えぇっと、占い師です」と亜美が少し戸惑った口調で答えた。 「占い師・・・っと。えぇ、今回、般若さんの良く当たるという噂の占いについて取材をさせていただきます。まずは・・・、般若さんの・・・」と土方の話ている途中に、亜美が口を挟んだ。 「あのぉ・・・、般若ではなく、下の名前の亜美でいいですよ」といった。 「あっ、すいません。では、亜美さん。アナタの占いのやり方、方法はどんな占い方ですか?」と土方が改めて聞き直した。 「はい。私の占いは『守護霊占い』といいます」 「守護霊占い。あまり、聞き慣れない占いの名前ですが、詳しくお聞きさせてください。その占いはどうやって占われるのでしょうか?」と土方が手帳から視線を外して亜美を見つめた。  亜美は土方の視線を受けながら笑顔で、「はい。私は幼い頃から霊感が強く、少し気持ちを集中すると、誰でも背後にいる守護霊が見えます。その守護霊にこれからの近い未来を聞いて、そこに私の霊感を合わせてお告げとして皆様にお話しさせていただいております」と説明した。 「お客さんの持つ、それぞれの守護霊にお伺いをして、亜美さんの霊感と合わせる占い・・・。その守護霊って、今の私にもいますか?よく、本とか占いとかだと守護霊って、過去の偉人や民衆の姿をしているといいますが・・・」と土方が聞き返した。 「それは、話題作りのネタの中の話ですよ。実際、私の見える守護霊はそれぞれが持つ、魂から作られた姿をされています」 「魂から作られた・・・。それは、どういう意味でしょうか?」と土方が身を乗り出して聞いた。 「はい・・・。まずは魂のお話からさせてください」と亜美は前置きをいってから、「魂とは、その人の記憶と思い、考え、性格や心を総合的にまとめた物です。ですので、魂がその人だと思ってください。そして、その魂がその人を守っているとも言葉を変えられます。それがその人の守護霊です」 「ちょっ・・・、ちょっと。えぇっと、ちょっと難しくて理解できないので・・・、もう一回わかりやすく説明をしてもらえますか?」と土方が頭を掻きながらお願いをした。 「そうですか?そうしたら・・・、まず、守護霊ですが。守護霊はその人の霊的な力だと思ってください。その霊的な力、パワーの源はその人の記憶や考え、思い、心がエネルギーになって具現化されています」 「つまり、守護霊はその人自身の思いや記憶が・・・、守護霊になっていると?」と土方が聞き返した。 「そうです。人の脳は物事を考えたり記憶をしたりしています。その脳と同じ機能を司っているのが守護霊であり、守護霊はその先をも見通しています」と亜美がいった。 「何だか難しいお話ですね。言い方を変えると、人間の脳が守護霊であると?」と土方は、少し鼻で笑った聞き方をした。しかし、亜美は表情を変えずに、「違います」とハッキリと否定をした。 「説明が下手でごめんなさい。つまり、人間の内面的な部分のエネルギーが具現化した姿が守護霊ということです」と改めて説明した。 「はぁ・・・」と土方は気持ちの入らない返事をした。 「では、その守護霊占いですが、僕が聞いた話では、品川駅付近でやられているという事ですが、他に占っていただける場所はありますか?」と土方は話題を変えた。 「普段は昼間はここ自宅で。あとは曜日によって場所を変えています」と亜美は微笑しながら説明した。  土方は手帳にメモを取った。そして、視線を挙げると、亜美が不思議そうな表情で土方の頭上後方を見つめていた。  土方が亜美の見つめる先を振り返って見てみる。しかし、後ろには部屋の壁しかない。 「どうかしましたか?」視線を戻すと、亜美は笑みを浮かべながら、「いえ、ただあなたの守護霊とどこかでお会いした気がしたもので」と答えた。 「守護霊と会った?」と土方は心の奥に眠っていた記憶が確かな形になろうと目覚めようとした気がした。 「いえ・・・。気のせいでしょう」と声を出して笑った。  その屈託のない笑みは、彼女の若さからくる愛らしさを増している。 「可愛いですね」土方はその笑みに誘われて、つい思っていた言葉を口にして、ハッとなって気づくなり赤く照れてしまった。  亜美はそんな顔の土方を改めて見つめた。  年は亜美より上ではあるが、どこか少年の感情を残しながら、使命感を持って生きてきた感じを感じた。  髪型は最近流行りのボサボサでありながらまとまったヘアスタイルが、彼の良さを引き出している。服装は派手でなく、また地味でもない。動き易そうなかっこうである。 「すいません。こんなこと言うつもりでは無かったのですが・・・」と土方は軽く頭を下げて謝った。 「あら?褒めて頂いたのに。謝られたら逆に傷付きますわ」と亜美が苦笑しながらいった。 「あっ、そうですね、すいません」とまた謝ってから、土方は声を出して笑った。 「では、そろそろ亜美さんの守護霊占いをしていただけますか?」と土方は手帳を片付けながら聞いた。 「はい、いいですよ」と亜美も姿勢を正しながら返事をする。 「では、何を占いましょうか?将来の事ですか?それとも、金運とか・・・」と亜美が話している途中で、土方は笑みを浮かべながら、「両親の仇相手と出会えるかどうか」と真剣な口調で答えた。  その言葉を聞いた亜美は微笑みを消し、それまで見せたことの無い険しい表情で土方の瞳を見つめた。 「ご両親の仇相手とは?」と亜美が尋ねた。  土方は一瞬、緊張を解き、顔は笑っているが瞳の奥には微かな憎悪を感じさせながら話し始めた。 「僕の両親は、僕が小さい頃に何者かによって記憶を失い、意識不明となりました。いろんな医者にも見てもらいましたが、結局、治る見込みが無いという診断結果に親戚一同が、ある人への臓器提供をも含めた話し合いをして、脳死判定を受け、ドナーとなり・・・。脳死判定を受け、脳死と診断れた瞬間、両親は死亡したんです。でも、僕の中ではまだ生きています。そして、自分達をこんな目に合わせた相手の事を恨んでいると思います。だから・・・。亜美さん。あなたに占って欲しいことは、両親の仇相手。お願いします・・・」 「わかりました・・・」  そう亜美は返事をすると、静かに目を閉じ部屋の天井を見つめるように顔を上げ、意識を集中し始めた。  しかし、すぐに目を開くと、重い口調で話し始めた。 「土方さん。アナタのご両親の記憶を奪い、意識不明にした仇相手と近いうち、出会うだろうとあなたの守護霊が語っています。ですが、それをご両親が真の底から望んでいる事なのか・・・。そこを考えてほしいと、私も思います・・・」 「両親の言葉は、もう聞く事は出来ません・・・。なら、両親がどう思っているかよりも、自分は紅目の悪霊、ヴィラッドを見つけ倒すまでです。両親の仇を取るために・・・」  二人の間に沈黙が流れた。  そして、しばらくしてから土方が口を開いた。 「亜美さん・・・。亜美さんは、ご両親は健在ですか?」  思いも寄らなかった質問に、亜美は驚いた表情を見せるが、すぐに平静を装い、「私の両親もすでに他界しております」と答えた。 「えっ・・・。そうでしたか・・・」と土方は申し訳なさそうな表情と口調でいった。 「あっ・・・。そんな落ち込むようなことしないで。私の両親は、海外出張中に事故で亡くなりました。もう15年も前の事です」と亜美がいった。 「では、それからお一人ですか?」と土方が聞いた。 「はい・・・。まぁ・・・、でも、執事とメイド、お手伝いさんが居ますから、今は全然寂しくは無いですよ」と、亜美は明るく答えた。 「そうですか・・・。話を変えて一つ、お尋ねしても良いですか?」と土方が改まって聞いて来る。 「何でしょうか?」 「亜美さんはいつ頃から、その占いを始められたんですか?そして、守護霊が見えると言いましたが、その霊感ですか?僕にもありますが・・・、悪い幽霊、悪霊は見えますか?」
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