2017年 〔冬の陣/師走鍋〕

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553次元:無人都市  職場に着いた。敷地内にあるコンビニに行き、菓子パンとコーヒーを買った。休憩広場に行き、窓際の席に座った。ガラス越しの風景を眺めながら、朝飯を食べた。今日を含めて、残り3日。波乱と混迷の2017年も間もなく幕を閉じようとしている。まったく早いものだ。  2杯目を飲みながら、本を読んだ。田中光二の『地の涯 幻の湖』を読了した。序盤から中盤にかけて、ゆったりと進んでいた物語が、ある段階から、猛烈に走り出す。活字のジェットコースターだ。途中、振り飛ばされそうになった瞬間が幾つかあったが、安全バーを握り締め、懸命に耐えた。気がつくと、コースターはゴールに滑り込んでいた。  心地好い疲労感を感じながら、本を閉じた。席を立ち、ロッカールームへ向かった。最後の仕事が俺を待っている。  外に出ると、世界は真っ暗になっていた。闇の中に、我が職場の要塞めいた巨体が浮かんでいた。俺はこの大要塞で働く下級兵士というわけだ。  将棋で云えば歩兵、チェスで云えばポーンに該当する…と書きたいところだが、事実と異なるので迂闊には書けない。歩やポーンには「成る」望みや楽しみがあるが、俺にはそのようなものは「一切ない」からだ。又、それでいいと考えている。無能には無能なりの生き方がある。できないことはできない。できる顔を装って生き続けるのは苦痛だし、悲喜劇の発生に繋がる。  帰りの電車の中で、小松左京の『こちらニッポン…(上)』(角川文庫)を読み始めた。再読である。小松版宇宙戦争と云える『見知らぬ明日』の次に好きな作品が、この『ニッポン』である。空前規模の「人間消失現象」を描いた異色作であり、物語の終盤には、禁じ手、あるいは、反則スレスレの仰天展開が用意されている。  スケールも桁外れ、ボリュームも桁外れ、肉食恐竜を連想させる堂々たる作風に毎回圧倒される。が、小松先生の小説群は、映像化に向かないという意外な特徴がある。見知らぬもそうだし、ニッポンもそうだ。活字作品としての完成度が「あまりに高過ぎる…」ためだろう。精密に構築された城壁みたいなもので、映像がつけ入る隙がないのだ。  帰宅後、シャワーを浴びた。居室に焼酎と氷とミネラル水を持ち込み、酎ハイを作った。向田邦子の『父の詫び状』(文春文庫)を再読した。脚本家としても、随筆家としても、第一級の才能であった。〔12月30日〕
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