2018年 〔春の陣/睦月鍋〕

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558次元:謎の蒸発  職場に着いた。売店に足を進め、朝食を買った。毎日菓子パンでは飽きてしまう。時折「たまには、おにぎりにしようかな…」という考えが頭に浮かぶ場合もある。が、さしもの悪食の俺も、米の飯を食べながら、コーヒーを飲むことには抵抗がある。その日も結局、パンを選んだ。  食後、光文社文庫版の『牧逸馬の世界怪奇実話』(島田荘司・編)に収録されている「マリー・セレスト号」を読んだ。その事件は1872年に発生した。同船にいかなる災いが襲いかかったのか?未だに解明されていないし、今後もされることはないだろう。  ブリグス船長と彼の家族、そして、全ての乗組員が無傷の船を残して「どこか」へ消えてしまったのだ。砂利の時分「マリー・セレストの怪」を読んだ俺は「自分も消えるのではないか…」という異様な戦慄を覚えた。  児童向けの奇談集に載っていたのだ。本当に怖かった。怖かったが、今にして思うと、怖さを倍増させるためであろうか、相当な脚色が施されていたような気がしないでもない。  ともあれ、その日、マリー・セレストが「決して忘れることができない船名」として、脳髄に強烈に刻み込まれたのだった。事件の真相について、あれこれ思案を巡らせる夜もある。毎度答えは出ない。出る筈がない。  小松左京の『こちらニッポン…』の着想原点は「世界規模でマリー・セレスト事件が起こったらどうなるか?」ではないかと思う。  不覚にも、書名を失念してしまったが、小松先生はSFとは「もしもの世界を描くものである」と、書き述べられていた。なるほど。まったくその通りである。核心を鋭く突いている。先生自身が「もしもSF」を数多く執筆されている。  帰宅後、屋根裏部屋に行き、腕立て伏せをやった。風呂場に行き、熱めのシャワーを浴びた。居室に行き、晩酌を始めた。ラジオの情報番組(ジャム・ザ・ワールド)を聴きながら、焼酎の水割りを呑んだ。酒肴(さかな)は近所のスーパーで買ってきたビンナガの刺身である。意外に(失礼)旨かった。  洗面所に行き、歯を磨いた。居室に戻り、円盤(DVD)再生機の中に野村萬斎主演の『花戦さ』を滑り込ませた。昨年公開されたもの。  俺の好物である「アート系時代劇」だ。あらゆる意味で芸術とは無縁の俺なのだが、どういうわけか、妙に惹かれる。いや、無縁ゆえに惹かれるのかも知れない。〔1月12日〕
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