2018年 〔春の陣/睦月鍋〕

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564次元:撤退の夜  更衣室に行き、身支度を済ませた。俺は安物のビニール傘を携えて、部屋を出た。通路を進み、自動階段に乗った。玄関を通過すると、視野に雪景色が現われた。滅多に見ない(見られない)光景である。  東京の上空に飛来した猛烈寒気団の仕業であった。雪に覆われた歩道を歩きながら、果たして(家に)帰れるだろうか…と、俺は考えていた。  第1の駅から、第2の駅へ移動するのに、約30分を要した。改札を抜けて、次の改札を目指した。構内は異様なぐらいに混雑していた。  改札は封鎖されていた。説明放送を信じるならば「プラットホームは人であふれかえっている」らしい。帰宅を急ぐ者たち(俺もその中の一人である)が、大軍(群)と化して、ホームに殺到したのだろう。ともあれ、凄い状況になっているようだ。この時点で、俺はリザイン(降参)した。  第2の駅から、職場まで徒歩で移動した。歩きを選んだのは、鮨詰め電車を避けるためである。降雪は続いており、当分はやみそうもない。雪道を踏み締める独特の感覚を味わいながら、坂を下った。道中、面白いものを幾つか目撃したが、それらを書き出すと、とても千字以内にはおさまらない。今回は割愛する。  行きつけ(に成りつつある)中華レストランに寄り、遅めの夕飯をしたためた。学生風のグループ客が、数組来店していた。テーブル席を占め、鯨飲馬食とまでは云わないが、ガブガブ呑み、バリバリ食べていた。  首都とその周辺県を混乱させている大雪も、彼らにとっては、酒席を盛り上げる見物(みもの)のひとつに過ぎぬようだった。  職場に戻り、仮眠室に向かった。意外なことに、誰もいなかった。どうやら「撤退者」は俺一人らしい。皆さん、根性があります。俺はないので、すぐに諦めてしまう。粘りもなければ、持続性もない。  この寝台を使わせてもらうのは、激震の夜以来である。あれから、日本にも、そして、俺自身にも様々なことが起きた。降りかかる火の粉を払いながら、今日まで生きてきた。未来の展開はまったくわからない。少なくとも、俺にはわからない。予想や期待は、裏切られるものだと考えておいた方がいい。実際、今日だって、自宅で晩酌を呑(や)るつもりだったのだ。  眼を閉じると、途端に眠気が押し寄せてきた。慢性的な睡眠不足である。普段はさておき、こういう際はプラスに働いてくれる。〔1月27日〕
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