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繋がるセカイ
「ない!ないないないないないない!」
私が絶叫したのは、自宅であるマンションのワンルームに入った、おおよそ三秒後のことであった。玄関の灯りをつけ、慌てて手提げカバンの中を探る。
ない。やはり、ない。あるべきはずのものが、ない。
――どうしよう、落としちゃったんだ、やっぱり……!片方しか入ってない!
そう、私が真っ青になっている理由。それは、大切な手袋の片方をなくしたことに気がついたからである。
今日出勤する時には確かにあった。なんせ、しっかりと手袋をつけて出ていったのだから間違いない。会社に忘れたというのもないだろう。出て行く時にもちゃんと身につけた記憶がある。とすれば、忘れた場所は一箇所しか思い浮かばない。帰りに寄り道した、あの公園のベンチ――だ。
「……私の馬鹿。ほんと馬鹿……」
三十路も間近になって情けないとはわかっているが、それでも呟く声には涙が滲んだ。それほどまでに大切な手袋であったからだ。
幼い趣味と言われるかもしれないが、昔から私も母も姉もみんな揃って可愛いキャラクターモノのグッズが大好きだった。特に“子熊のレティ”は何十年も前から大人気のマスコットキャラクターで、専用の遊園地まで存在するほどの大御所である。ふわふわの茶色いくまのぬいぐるみで、なんといっても特徴的なのはそのクマらしからぬ大きくてもふもふのシッポだ。心を持ったクマのぬいぐるみで、心優しい彼は自分の尻尾を弟分の枕に貸してあげたり、クッション替わりにさせてあげたりということをするという設定を持っている。
当然、彼を扱ったグッズの多くは、その特徴的なシッポを再現している。私が持っていた茶色のフカフカ手袋もその例に漏れない。つまり、手首のところにもふもふの大きなシッポがついているのだ。オフィスカジュアル(とは名ばかりの、実際はジーパンを履いて来ようがサンダルで来ようが許されてしまう緩い職場だ)をいいことに、通勤の折にもその手袋は持ち歩いていた。冬でなくてもバッグに入れているほどのお気に入りである。理由は簡単なこと。大好きなお母さんが、学生時代に誕生日プレゼントで買ってくれたものであるからだ。
東京に出てきてからは、めっきり会う頻度も減ってしまったけれど。その手袋を持っていると母のことを思い出し、寂しさを紛らわせることができていたのである。母の、家族との大切な思い出そのものの手袋だった。昔はそれを身につけて、何度家族で一緒に旅行に出かけたことだろうか。
――あれだけは、なくすなんて絶対に嫌……!どうにかして、見つけないと……!
私はお弁当箱やら書類やらをドカドカと玄関に置き、最低限の荷物だけが入った小さなバッグだけをひっつかんで再び外に出た。木枯らしが吹く寒い一月。昔から泣き虫だった私は、情けないことに本気で涙が出そうになっていた。今泣いたりしたら、それさえも凍ってしまいそうな寒さであったけれど。
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