どっちのアオ?

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「ん? さっき言ってたことって?」  背後から首を捻る気配を感じたが、蒼太くんの手の動きは止まらない。コリコリ。こら、乳首を転がすなっ! 「だから、ちくびを……じゃなくて、昨日は蒼太くんが家にいないはずだったこと、蒼士は知ってたの?」 「うん。知ってたから、朱莉さんを連れてきたんじゃないの」 「え……。じゃあ、私、『お持ち帰り』されてたってこと?」 「そうそう。え、なに、朱莉さん。気づいてなかったの? 鈍感。もっと危機感持って」  ありゃ。年下に注意されちゃったよ。しかも乳首転がされながら。 「じゃあじゃあ、蒼士が怒るからこれ以上はしない、っていうのは? どういう意味なの!?」 「いやいや、バカなの。兄さんが狙ってる女の子に手は出せないでしょ、って意味に決まってるじゃん」  出してるじゃねーかよ!  ……というツッコミは置いといて。 「いやいや、そんなことあるわけないでしょ。蒼士が私を狙うだなんて」 「兄さんは興味のない女を家に連れてきたりしないよ。基本的にはめんどくさがり屋だし。女の人と付き合うのって面倒でしょ? そんな面倒なことするくらいなら独りでパソコンいじってる方がよっぽど楽しい、ってタイプだよ。あの人は」  なるほど。客観的で冷静な分析。さすが身内。 「でもでも! 私、蒼士にはとっくの昔に振られてるんですけど」 「えー? なにそれ?」  驚いたらしい蒼太くんがやっと手を止める。  さんざん弄られた乳首が敏感になりすぎてヒリヒリするわ! 「もう十年以上前の話だけど。バレンタインにチョコレート渡したら完全スルーされたし」 「チョコレート……?」  いやもうベタ過ぎて思い出すのも恥ずかしいんだけど。  あれは高校一年生の時だから……もう十一年前か。高校生になって周りの友達にもどんどんカレシができていって。 「朱莉も誰か好きな人いないのー?」  そう聞かれてパッと思い浮かんだのが蒼士で。  仲間内でバレンタインのチョコ作るぞーってなった時も。今となっては、なんでバレンタインごときであんなに盛り上がれたのかわからない。ただの製菓メーカーの集金イベントだろうに。  青春ってスゴい。思春期って盲目。  まぁそういうイベントを友達と一緒になってワイワイ騒ぐのが一番楽しかったんだけどね。  それにしても、あの時の私はテンションがおかしかった。あの時作ったチョコ……ウィスキーボンボンではなかったよな……。だから当然お酒も入ってないはずなのに、まるで酔っぱらったみたいにテンションの上がった私は、せっかく作ったチョコを誰かに食べてほしいと思ったのだ。  誰か――っていうか、蒼士に食べてほしいな……って。  で、出来上がったチョコレートをいそいそとラッピングすると、当時の蒼士の家へと突撃した。後先考えず。  蒼士はまだ帰っていなかった。  というか、藤沼家には誰もいないみたいだった。ちょっと玄関先に入り込んでキッチンの小窓なんかを覗き込んでみたけれど、人影らしきものは見当たらなかった。  謎に上がっていたテンションが急速に下がっていく。  帰ろう。  そう思って振り返ったところで――  蒼太くんに遭遇したのだ。  まだ小学生だった彼がランドセルの持ち手を握りしめながら、私のことをじっと見つめていた。その愛くるしい顔には思いっきり「不審」と書かれている……気がした。 「あ! えと、蒼太くんだよね。うわー久しぶり。元気だった?」  私は「彼の不信感を何とかしなくちゃ……!」と焦りまくって、ムダに明るく話しかけた。  蒼太くんは少しのけぞりながらも、私のことを思い出してくれたのか、小さくコクリと頷いてくれる。 「あの、えーと、そ、蒼士って、まだ帰ってきてないよね?」  しどろもどろになりながら言葉を絞り出すと、 「……たぶん」  蒼太くんは小さな声で答えてくれた。  そういえば、彼も今帰ってきたところだ。まだ家の中に入ってないのに、蒼士がいるかどうかなんて、わかるわけないだろう。  アホだ、私。  これ以上墓穴を掘る前にさっさと帰ろう。 「じゃあ、あの……お邪魔しました。ばいばい」  自分のから騒ぎっぷりが惨めになって、肩を落として歩き出した私。すると、 「あの……兄に何か用があったんじゃないんですか?」  蒼太くんに大人びた口調で呼び止められた。 「あぁ……うん。でも、大した用じゃないから」 「……それは?」  彼の視線が私の持つチョコレートへと注がれる。あ、チョコかどうかはわかんないか。結構盛り盛りのラッピングしてあったから。 「……コレ、あの、そんな大したものじゃないんだけど。蒼士に……渡しておいてくれるかな」  ちょっと迷ったけど、やっぱり蒼士に届けることにしたのだった。  だってせっかく作ったし。普通に食べられる程度には美味しく仕上がったんだし……って、理由をつけて自分を奮い立たせて。 「わかりました」  表情が読めなかったけど、蒼太くんはこころよく(?)引き受けてくれた。  次の日学校に行った時は、蒼士になんか言われるんじゃないかとドキドキしていたのに……。  完全スルー。 「あー、そっかそっか、そうだよね……って。察したわけよ」 「あぁ……あのチョコレートかぁ。あれ美味しかったな。また作ってよ」  私の昔話を聞いていた蒼太くんがそう言って笑った。 「え? 蒼太くんも食べたの?」 「()、っていうか……オレが一人で食べたんだけど」 「え? 蒼士は? 食べなかったの?」 「知らね。たしか兄さんが帰ってくる前に、全部食べちゃったんじゃなかったっけ?」 「はぁ!?」  ちょっと、この子……今、聞き捨てならないことをサラッと白状しやがったよ。おい! これ、怒っていいやつだよね? 「はぁ~。ダメだよ、朱莉さん。大事なことは人づてじゃなくて自分で直接伝えないと」  呆れたように溜息をつく蒼太くん。  え、なにこれ……むしろ私が説教される流れなの? 「他人(ひと)のこと、そんな簡単に信用しちゃダメ。じゃないと、また寝てる間におっぱい揉まれちゃうよー」 「あっ?!」  止まっていた蒼太くんの手がまたまた動き出した。しかも、さっきより激しいし! 「また痕つけちゃおっかなー」  そう言うと、楽しそうに首筋に吸いついてくる。 「ちょっと……もうダメ! やめてってば……」  私が本気で声を荒げたところで―― 「お前ら、何やってんだ?」
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