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声のした方に目を向けると――蒼士が無表情で立っていた。
ドアにもたれかかって、腕を組んで、無表情。
うん、怖い。
無表情、怖い。
「あれ。兄さん、早いね。もう帰ってきちゃったの?」
弟よ。今の言い方……ちょっとトゲがあったぞ。
「帰ってきちゃ悪いのかよ。というか、そんなに遅くならない、って言っただろ」
え? そうなの?
なぁんだ。じゃあ、今のは蒼太くんの「ちょっとしたイタズラ」だったわけね。
ふぅん。
いや、別に残念とか思ってないから!
仮に、たとえ、万が一、そういう気持ちがあったとしても……目の前の蒼士の顔を見て吹っ飛んだ。
まだ怒った顔してる時のほうがマシ。この人は表情が消えた時の方が怖いんだ。
「それ……同意の上なのか?」
「ん?」
唐突に発せられた蒼士の質問の意味がよくわからなくて、思わず蒼太くんと顔を見合わせて首を傾けてしまった。
「ちゃんと朱莉も同意の上で乳繰り合ってんのか、ってこと」
乳繰り合う……って。
いや、そうなんだけど。
それにしても、もうちょっとマイルドな言い方あるでしょ!
「それとも朱莉は嫌がってんのに蒼太が無理矢理ヤッてんのか? だったら――」
「わ!」
ツカツカと早足でベッドまで歩み寄ってきた蒼士が私を引っ張り上げて、蒼太くんから引き離す。
「あーあ。残念」
と、蒼太くんがちっとも残念がってない様子で言った。
むしろ、なんか嬉しそうだぞ。ニヤニヤしてるし。
「お前、昨夜は……」
蒼士が蒼太くんを睨みながら言いかけて、やめた。
「なになに? 昨夜はなんだって?」
蒼太くんが面白いものでも見つけたみたいに食いついてくる。
「ねぇねぇ。昨夜もオレと朱莉さんが乳繰り合ってたのか、気になってんでしょー? 気になってるんなら、はっきり聞けばいいのに」
おいおい。兄貴への悪絡みが過ぎるぞ、弟よ。
あと、「乳繰り合う」って言い方は止めてくれ。
「お前なぁ……」
蒼士の口から呆れたような低い声がボソッと漏れる。
「もういい。朱莉は連れてくから。ソレは一人で処理しとけ」
弟の股間を見やりながら、蒼士が冷たく言い放った。
「ちぇっ。今日もかよ……。やっぱり兄貴のカノジョになんて手を出すもんじゃないね」
そう呟いて、股間を隠すように枕を抱きかかえた蒼太くん。
ちょっと待て。
今の発言……聞き捨てならないワードが何個かあったぞ。
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