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「今日も……って? え、じゃあ昨日は?」
「……朱莉さん、ほんとに覚えてないの? あんな蛇の生殺しみたいなことしといて。残酷だね」
蒼太くんがジトっとした目で私の顔を見つめてくる。口元は笑ってるけど、目が笑っていなかった。
なるほど。弟のほうは作り笑いしてる時が怖いんだな。
「安心して。最後まではシてないから」
引き攣った笑みを浮かべた蒼太くんが、「しょうがねぇなぁ」って感じで白状した。
「え? ほんとに?」
「うん。だって朱莉さん、逃げるんだもん」
「逃げる?」
「そう。オレが挿れようとしたら、死にかけの青虫みたいにズルズルと後ずさりしやがって。それはもう必死な感じで逃げるから、もういいや、って」
青虫って……他にもっと良い例えあるでしょ。
しかも「挿れようとした」って……生々しいわ!
「でも起きた時、腰が痛かったような……?」
私が腰をさすりながら、昨日の朝の様子を思い出していると、
「そりゃあ、ベッドから盛大に落っこちてたからね。ドーンって凄まじい音がしたから、オレ、下の階の人に謝りに行った方がいいか本気で考えたもん」
「なんだよ、それ……」
蒼士がまたまた呆れたように大きく息をついた。そりゃ呆れますよね。私も呆れてるわ……自分自身に。
「まぁちょっと挿入ってたかもしれないけど。先っぽだけ」
「えぇっ!?」
「あぁ!?」
蒼太くんの余計なひと言に、蒼士と私の声がハモる。
「しょうがないじゃん。だってもう準備万端だったんだもん。悔しかったから、あちこち痕つけちゃった。へへ」
そう言ってダダっ子みたいに唇を尖らせる蒼太くん。
あーあ、イケメンって得だよねー。こんな状況でも「かわいい」って思っちゃったよ。
かわいい。腹立つ。かわいい。腹立つ。かわ……
「おい蒼太、かわいく言えば許されると思うなよ」
私が相反する感情に振り回されてる間に、蒼士の厳しい教育的指導が入った。
はっ! その通り。見た目の可愛らしさで許されるのは学生までだからな!
大体、蒼太くんからしたら「ちょっとしたイタズラ」のつもりかもしれないけど、その割にキスマーク付けすぎなんだよ。なんせ、こっちはご無沙汰なんだから、慌てふためいてしまったじゃないか……!
「でもさぁ。念のために言っとくけど、オレは今日兄さんが帰ってくること、ちゃーんと知ってたからね。だから朱莉さんを連れてきたんだよ。誰かさんと違って、自分しかいない家に連れ込もうとしたわけじゃないから」
蒼太くんからの反撃に、蒼士はバツが悪そうな表情を浮かべてポリポリと頭を掻いた。
――まさか本当だったの? その話。
そっと蒼士の顔をうかがうと、気まずそうに目を逸らされる。
蒼士が私のことを――?
いや、待て待て。蒼太くんの勘違いかもしれん。
そういえば、さっきも「兄貴のカノジョ」とか言ってたっけ。
「蒼太くん、あのね? 蒼士と私はなんでもないから。昨日、何年かぶりに偶然会って、懐かしいねーって昔話に花が咲いただけだし。蒼士が私なんて相手にするわけないし」
私が必死に弁明すると、
「……朱莉さん、ほんと鈍感なんだね。お兄チャン、かわいそー。全っ然伝わってない」
蒼太くんは憐れむような……面白がるような……どちらにも取れる調子で言ってから、クックッと忍び笑いを漏らした。
「……相手にはしてる」
蒼士が私の肩に手を置いて呟いた。
え……?
「蒼太。朱莉にはこれから交渉するから、お前、どっか行ってろ」
「えぇー! この寒空の下、かわいい弟を放り出すのかよ!?」
蒼士の非情なセリフに非難の声を上げる蒼太くん。
うん、たしかに今から外に出るのは寒いよね。
「うるさい。紛らわしいマネした罰だ。行くとこないなら大人しくしてろ。聞き耳立てんなよ」
それでも容赦ない蒼士に、
「はいはい。朱莉さん、気をつけてねー。その人、たぶん絶倫だから」
「絶……!?」
蒼太くんの突拍子もない発言に、思わず絶句。
今の流れでなんでそういう話になるんだ!?
「行くぞ」
話についていけない私の手を蒼士がギュッと握った。そのまま強く引き寄せられて、私たちは蒼太くんの部屋を後にした。
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