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「適当に座って」
蒼士に連れてこられたのは、たぶん彼の部屋だ。
藤沼家、部屋数多い。
いいなー。うちなんか、一人の部屋はなくてずっとお姉ちゃんと一緒だったというのに。お姉ちゃんが嫁に行ったおかげで、今は私専用になってるけど。
「なんか飲み物持ってくるから」
蒼士はそう言うと、私を残して部屋を出ていった。
やはり気が利く。
実はちょっと喉渇いてたんだよね。
蒼太くんと待ち合わせたカフェでも何も飲んでないし。
適当に座れ、と言われてもどこに座るべきか迷うが、とりあえず、部屋の真ん中に置かれたローテーブルの前に正座する。
手持ち無沙汰。
品がないかなーとは思ったけど、好奇心には勝てなくて、蒼士の部屋を見回してしまう。
キョロキョロ。
窓際には大きな机が置いてあった。
仕事用かな? ディスプレイが2台も置かれている。
あの黒い筐体は何だろう? まさかサーバー? え、自宅に?
私はその黒い物体の前まで這っていくと、黒光りする表面をさわさわと撫でてみた。
「どうした?」
「ひっ!」
不意打ちの呼びかけに思わず奇声を上げてしまった。
振り返ると、部屋の入口で両手にマグカップを持った蒼士が訝しそうな目をこちらに向けている。
「あ、いや、えっと……これ、何かな~と思って。もしかして、サーバー?」
「あぁそれ。そう。昔、勉強用に買ったんだけど、もう全然使ってないな。今はクラウドばっかりだしな」
「あぁ、そうだね。クラウドクラウド……」
クラウド。最近よく聞くけど、イマイチ理解しきれていないキーワードだ。とりあえず、わかったような顔で相づちを打っておく。
うんうん、と首を振りながら、テーブルの前の位置まで戻ると、蒼士がミルクコーヒーの入ったカップをコトリ、と私の前に置いてくれた。白い湯気がゆらゆらと立ち昇っている。
蒼士さん……やはり気が利く。
私、ブラックは今だに苦手なんだよね。
「いただきます」
ズズッ……と温かいコーヒーを啜ると、口の中にほんのり甘い風味が広がった。
「ミルクと砂糖、勝手に入れたけど、大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫。そっちのが好き。美味しいよ。ありがとう」
蒼士の気づかいと温かい飲み物のおかげで、自然と笑顔がこぼれる。
すると、私の顔を見つめていた蒼士がふいにポリポリと鼻の頭を掻いた。
少し赤くなってる……?
やだ、なに今の反応。萌える。
さっき蒼太くんの部屋を出るとき、「交渉する」って言ってたよね。
――交渉、って何?
まさか性的なやつ……?
いやいや、まさかね。
なんか自意識過剰になってるぞ。感覚がおかしい。もう昨日からずっとフワフワしてる。久しぶりの蒼士を前にして……甘い夢の中にいるみたいだ。
落ち着け。もうとっくに酔いは覚めたはず。
それとも欲求不満過ぎて、ついにどっか壊れちゃったか、私?
「朱莉。……ちょっと言いにくいんだけど」
なんだか思いつめた様子で口を開いた蒼士。下を向いて、私と目が合うのを避けているみたいだ。
「な、なに……?」
一体何を言われるのか。不安で声が上ずってしまう。
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