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蒼士の知り合い? すんごいナチュラルに登場してきたけど。
「覚えてないか? 俺らの高校の一年先輩にいただろ? この店の息子」
「……うーん?」
高校時代の記憶をなんとか手繰り寄せてみると、頭の片隅に制服姿の少年の顔がぼんやりと思い浮かんだ。たしか髪型は短髪の金髪だったような……。ええと、顔はどんなんだったっけ……?
残念。髪の毛の印象が強すぎて、顔立ちまで思い出せないや。
「朱莉さん! ラストオーダーだって言うから、焼酎のロック頼んどいたよ」
蒼太くんが親指をグッと立てて片目を瞑ってみせた。そんな仮面ライダーの主役に抜擢された若手俳優ぐらいしか使いこなせそうにない仕草でも、彼がやるとサマになってしまうから恐ろしい。
実は私の前には先ほど届いた焼酎のお湯割り(お湯多め)がなみなみと残っているのだが。
……うん。やっぱり薄いんだよね、お湯割りじゃ。
だから蒼太くんの先回り注文はありがたいんだけど。
私の「アルコール控えてます」宣言はどうなる?!
チラッと蒼士の顔を伺うと。
嬉しそうに刺身をつついていた。
箸の先には白くプリプリと輝く身。
イカ刺し?
すっごい笑顔。孫を抱いたお爺ちゃんみたいに、目元が緩みまくってる。
蒼士、イカ好きなんだね。
そうこうしてる間に焼酎のロックが届いた。
どうやら気づいてないらしい蒼士に隠れてグイッと煽る。
「くぅ〜……やっぱりコレだよね!」
結局、気分よ〜く飲んで、飲みまくって、足元フラフラになりながらお店を出た時には、今日が終わりかけていた。
「おぉ~。星がいっぱい」
火照った顔を冷まそうと空を見上げた私は藍色の夜空に点々と浮かぶ星に向かって思わず手を伸ばした。届くわけもないのに。
「そう? ここ、そんなに空気良くないと思うけどな」
結構飲んでたくせに一ミリも酔っ払った気配のない蒼太くんが冷静に突っ込んでくる。
「それでも多いんだよー。東京に行ったら空見てみ。星なんて、全然見えないから」
私は空を見上げたまま蒼太くんに言った。
「ふぅん。あ、そうだ。朱莉さん、これ」
「なに? クッキー?」
青いリボンでラッピングされた透明な袋の中から市松模様のボックスクッキーが透けて見える。
「そう。今日、ホワイトデーだから」
手渡された袋から取り出してみたクッキーは、少々、形がいびつだ。
「もしかして、手作り?」
「……たぶん」
なんだ、その間は。
自分で作ったんじゃないの? ……って、そんなわけないか。
もしかして誰かに作らせた? いやいや、さすがにそれはないよね。
ホワイトデーに女の子から……っていうのもなんかヘンだけど、これ、蒼太くんへのプレゼントなのでは……?
「……これ、私が食べちゃっていいの?」
「いいよ。友達に貰ったんだけど、ちょっと重くって」
「やっぱり!」
ごめんね、蒼太くんにクッキーを渡した子。
私が謝るのもおかしいけど、とりあえず心の中で謝罪しておく。
おい、蒼太。いつから君はそんな薄情な男になってしまったんだ。乙女の純情を踏みにじるなよ。……ったく、これだからイケメンは。
「自分で食べたほうがいいんじゃない? それに私、バレンタイン渡してないよね」
「貰ったよ。十一年前に」
あ。そうだった。
そういえばあれはまだ許してないぞ。
「兄さんに黙ってたこと……もう時効だと思うけど、これは念のための賄賂。このクッキーに免じて許してね」
両手を顔の前で合わせて、また片目を瞑ってみせる蒼太くん。
「ひと昔前のアイドルかよ!」と突っ込みたいところだけど、やっぱりサマになってしまうから恐ろしい。何が恐いかって、それでもう「許してもいいかな」って思っちゃってる自分のお手軽さが一番恐いわ!
「なんだ、十一年前って?」
私たちのやり取りを見ていたらしい蒼士が不思議そうに首を傾げている。
「秘密だよ。オレと朱莉さんの。ね?」
そう言って、またまた片目を瞑ってみせる蒼太くん。
うん、気に入ってるんだね、ウインク。
どうでもいいけど、誤解を招くような仕草やめて。もう本当に。
ほら、蒼士の眉間にシワが寄っているではないか。すっごい不機嫌そう。
何か言いたそうなのに、結局、蒼士は何も言わないまま、私たちに背を向けて歩き出した。
「あ、待ってよ。兄さん」
ニヤニヤと嬉しそうに笑いながら、蒼士の背中に向かって声をかける蒼太くん。
タチの悪いことに、蒼太くんは蒼士がこうなるのをわかってやってるんだよね……。
やめて、その歪んだ兄弟愛!
「そうだ、朱莉さん。兄さんにもなんか作ってあげてよ。母さんがいなくなってから、俺ら、手作り料理に飢えてるからさ」
「うーん、そうだね。考えとく」
蒼士には最近よくお世話になってるし(今日も奢ってもらったし)、お礼も兼ねて料理の一つでも振る舞うっていうのはいいかもしれない。
あ、ちなみに藤沼家の母は亡くなったわけでも失踪したわけでもなくて、海外赴任になったお父さんについていっただけだから。
藤沼兄弟、あの広いマンションで随分気ままに暮らしてんなー……と思ってたら、そういう事情だったらしい。
「なに二人でコソコソしてんだよ。早く帰るぞ」
背中越しに振り向いた蒼士の目が笑ってなくて、ビビりな私はちょっと怯んでしまう。
「はいはーい」
蒼太くんはというと、蒼士の鋭い視線に怯むどころか、むしろ嬉しそうですらある。
やめて、その捻くれた兄弟愛……!
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