朱莉、かまぼこで餌付けされる

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 ようやく気がついた。  我らが高校の先輩であり、『魚貴族』の跡取り息子・鮫島(さめじま)海斗(かいと)さんではないか。  うん、魚を扱うにはピッタリすぎる名前。  画面に映る鮫島さんは高校生の頃と同じ坊主に近い短髪だったけど、髪の色は黒くなっていた。イカスミみたいな色だ。  画面の中では、ちょうどイカスミパスタの調理が進行中で、鮫島さんが生のイカから取り出した墨袋(?)なる謎の臓器について説明しているところだった。イカの頭と足をずっぽりと引き抜いて部位ごとに仕分けしていく見事な手さばきが映し出されている……って、そりゃあ巧いに決まってる。本職だよ! 『どうですか? 意外に簡単だったでしょう? 皆さんもイカと仲良くなって、イカ料理を楽しんでみてくださいねー』  あっという間に完成したイカスミパスタを前にした鮫島さんが爽やかな笑顔で語りかけてくる。イカと仲良くなる、って……鮫島さん、もうそんな境地にまで達してたの? 「そうそうそうそう。こういう顔だったわ」  髪型の印象が強いせいで、なかなか思い出せずにいた鮫島さんの顔をまじまじと見つめながら、私はひとりパソコンの画面に向かって、ブンブンと首を縦に振った。  奥二重で切れ長の瞳。鋭い眼光。名は体を表すとはまさにこの人のことだ。  シャーク。いや、シャープ。  目だけじゃなくて、スッと通った鼻筋は綺麗だし、すこし厚めの唇はちょっとエロい。  これは女性人気が高そうだぞ、と思ってコメント欄をチェックすると、案の定、彼のファンらしき視聴者からのコメントがいくつも付いている。 『鮫島さん、最高!』 『鮫島さん、大好き♡』 『鮫島さん、私のことも捌いて』  中にはヤバいのもあるけど、気持ちはわからなくもない。  高校時代を彷彿とさせるヤンチャな雰囲気も残しつつ、自信に満ち溢れた大人の男の色気みたいなものも滲み出てきている。  おまけに肩書きはあの「魚貴族」の専務である。さらに将来は社長のポジションが約束されているとなれば、三割増で魅力的に見えてしまうのも仕方ない。  結局この日はたまの休日だと言うのに、一日中、鮫島さんの動画を見て過ごしてしまった。  ヤバい。  すっかり鮫島沼にハマってしまったではないか。
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