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鮫島さんは気合いを入れるようにパチンと手を叩くとクーラーボックスから冷凍の魚を取り出した。大きな魚だ。五十センチくらいありそう。
「はい、これはタラね。タラ」
鮫島さんが得意げに私たちの前にタラを掲げてみせた。
「何を作るんですか?」
大好物の魚を前に、私が興奮しながら尋ねると、
「今日はねー、練り物だよ」
「え!!」
なんと……!
スイーツじゃなかったの?
でもでも、練り物好きの私には朗報すぎる。否が応でも期待が高まりますよ、これは!
鮫島さんが料理の下ごしらえをする間に、蒼士がカメラとレフ板をセットしていく。
「あ、堀ノ内さん。ちょっとこっち来てー」
「はいー?」
鮫島さんに呼ばれて行くと、おなじみ『魚貴族』のハッピとハチマキ姿に着替えていた。
「ねーねー、ちゃんと店名見えてる?」
私の方に頭を向けてハチマキを指差している。
「ちょっとズレてますね。……よし、これでカンペキ」
私は少し背伸びをして、鮫島さんのハチマキを直してあげた。『魚貴族』の文字がちょうど額の真ん中にきて、店の名前がハッキリと確認できる。
「ありがとう。今日はこれから『はんぺん』を手作りするから。堀ノ内さんも食べてってー」
「やったぁ! ありがとうございます!」
私は腰を九十度に折り曲げ最大限の敬意を込めてお礼を言うと、邪魔にならないように部屋の隅にそそくさと身を潜めた。
「じゃあ、カメラ回します」
蒼士の掛け声で鮫島さんが手際よく解凍したタラを捌きはじめる。
ズバッズバッと迷いのない包丁捌きはさすがプロ。あっという間にタラを下ろしてしまうと、その身を細かく刻んでいく。
「……小さく切ったタラの身をフードプロセッサーに入れます。フードプロセッサーなんてないよーって人は、昔ながらのスリコギでゴリゴリやっても出来ますからねー。ちょっと時間かかっちゃいますけど、筋トレと思えばちょうどいいですねー」
軽快に手と口を動かしながら調理を進めていく、ユーチューバー鮫島。
「……ペースト状になったら二つのボウルに取り分けます。で、こっちには食紅を少し入れますよー」
あー、食紅ってどれくらい入れていいかわかんないんだよね。え、あんな少しでいいの?
「じゃあ、この赤いタネと白いタネを茹でていきますね。十分くらいで完成ですよー」
そう言って、鮫島さんがカメラに向かってにっこりと微笑みかけた。
「海斗さん、お疲れさまです」
喋りっぱなしの鮫島さんを気遣って、蒼士がすかさずペットボトルの水を手渡した。
「おぅ、ありがとう。蒼ちゃん」
うんうん、さすが蒼士。今日も気が利くねぇ……って、マネージャーかよ!?
「よし。そろそろ出来たかなー?」
十分後。
鮫島さんがお湯の中かはんぺんをすくい上げると、ふわぁっと白い蒸気が立ち昇った。
「出来ました! 手作りはんぺん。それではさっそく食べてみたいと思います!」
ここで再びカメラ目線で鮫島スマイル。
「はい。いったんカメラ止めます」
蒼士の掛け声で、鮫島さんが大きく息をついて肩を落とした。
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