朱莉、かまぼこで餌付けされる

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「今日もありがとな、蒼ちゃん」  宴もたけなわ。  まだ夕方にもなってないけど、鮫島さんはこれから店に行かないといけないらしく、お開きとなった。 「これ、余ったやつ持ってってー。堀ノ内さんも、また手伝いに来てよ」  鮫島さんは何の役にも立てていない私にも声をかけてくれる。  おまけに手土産のはんぺんまで持たせてくれた。  ふんふん♪  お腹も心も満たされた私は、なんだかふわふわとした良い気分で帰路についた。  蒼士とふたり、電車に乗りこむ。  土曜の夕方は人もまばらで、私たちは隣同士で座ることができた。 「ふふふ」 「……なに笑ってんだ?」  脈絡もなくニヤつく私に、蒼士が眉をひそめる。不審者を見る目だ。 「懐かしいなぁと思って。学生の頃もこうやって一緒に遊びに行ったよねー」 「……いや。それ、俺じゃないだろ? っていうか、誰との思い出なんだよ」  蒼士がちょっと膨れてる。  もしかしてヤキモチ? 「ふふふふふ」 「キモさが増してるぞ」  蒼士が腕組みしながら、眉間のシワをさらに深めた。うん、完全に不審者を見る目だね。  そういや、学生時代よく一緒に遊びに行ってたのは、みぃちゃんだったわ。あ、みぃちゃんっていうのは高校時代の親友・みなみちゃんのことね。  でも蒼士には敢えて言わないでおこう。  ふぁ~あ、なんか眠くなってきたなぁ。  春の夕方の車内は穏やかな春の陽気に包まれている。  車内には窓から乗り出す女の子とそれをいさめる若い母親(もしかして私と同じくらいの歳?)、重たそうなスポーツバックを床に置いて世間話に興じる男子中学生のグループ(いつも気になってるんだけど、あのバッグの中には何が詰まってるの?)。そして優先座席に腰かけて目を閉じる老夫婦(寝てるだけだよね?)  そして私の隣には蒼士。  はぁぁ……なんて、のどかな光景なんだろう。  のどか極まりない。 「おい、寝るのかよ?」  頭のすぐ上から降ってくる蒼士の声が子守唄に聞こえる。 「……まぁいいか。着いたら起こしてやるから」 「ふぁ〜い」  私は安心しきって自分の頭を温かな肩に預けて目を閉じた。  ――この時、私はまったく気づいていなかった。  春の陽気に微睡(まどろ)むのんきな私に向けられた寒々とした視線があったことに。
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