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「なんだ、蒼太。……いたのか?」
藤沼家は駅から歩いて十五分ほどの高層マンションにあった。数年前に購入したらしい。
蒼士の後ろにつづいて家に上がらせてもらうと、リビングでクッションを抱えてくつろぐ蒼太くん(らしき若者)の姿が目に入った。
久しぶりに会った蒼太くんは――私の想像をはるかに超えていた。
いい意味で。
あの女の子みたいに可愛らしかった蒼太くんが。
蒼士の後ろに隠れて、恥ずかしそうにちょこんと顔だけ覗かせていた、あの蒼太くんが。
もともと線が細くて色が白くて、女の子みたいに綺麗な子だったから密かに期待はしていたのだが。
スラっと伸びた手足。
切れ長の涼しげな目元。
すっと通った鼻筋。
妙に艶めいて見える赤い唇とその隙間からこぼれる綺麗な白い歯。
――完璧。
まるで絵に描いたような完璧なイケメンがそこにいた。
「うん、予定変更。来週になったんだ」
おぉ、声も素敵だ。
ほどよく低くて、よく通る。
声変わりする前の子どもらしい高い声しか記憶になかったから、なんか不思議。
でもそのギャップが逆に新鮮。
「それより兄さん、そちらの方は……?」
蒼士の背中に隠れるようにして立っていた私に目を向ける蒼太くん。
兄の連れてきた女に興味津々、といった様子で首を伸ばしている。
「兄さんが女のひと連れてくるなんて珍しいね。……カノジョ?」
いたずらっぽい笑顔を浮かべた蒼太くんが茶化すように言った。
……いや、その誤解は蒼士に申し訳ない。
こんな女でスミマセン、と心の中で謝っておく。
「違う。朱莉ちゃんだよ、朱莉ちゃん。昔、近所に住んでた。お前も小学校の時、お世話になっただろ」
いや。「お世話」というより、どちらかと言えば、独りよがりの「お節介」だった気がするんだけど。思わず顔が引きつってしまう。
「んん~……?」
頭の奥底に眠る記憶のカケラを探しているのか、蒼太くんは首を捻って斜め上を見つめた。空中に遠い子供時代でも思い描いているみたいに。
思い出してほしいような……思い出さなくてもいいような……複雑な気持ちでしばし立ち尽くしていると。
「あぁ! 思い出した!」
ふいに蒼太くんが声を上げて、手をぱちんと叩いた。
「いつも学校まで連れてってくれたお姉さんだ。兄さんの同級生の……。お久しぶりです!」
蒼士くんはそう言って人懐っこい笑みを浮かべた。
あの人見知りだった男の子がこんなに愛想のいい青年になるなんて。感慨深い。
笑うと目尻にシワが寄るところは兄の蒼士とよく似ている。
優しそうな表情……。
うん、これはモテるわ。
私が同世代だったら、すぐ好きになってる。間違いない。こんなイケメンにこんな笑顔で笑いかけられて、好きにならないわけがない。
しかも見た目だけじゃなかった。
現在、大学四年生の蒼太くん。学校は旧帝大、すでに有名商社への就職も決まっていて、これはもう周りの女子が放っとかない、放っておくわけがないであろうほどの超優良物件へと華麗なる変貌を遂げていたのだ。
そもそもこのルックスなら、たとえニートであったとしても、彼を養いたいという女が行列をなすに違いないだろうに。なんなんだ、その最強スペックは……!
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