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少しばかり和んだかと思われたこの場に再び冷たい空気が吹きぬける。
窓の外にはあたたかそうな春の陽気が広がっているというのに、ここだけ季節が逆戻りしてしまったみたいだ。
あ、あれ?
さっき、ちょっと表情が和らいだように見えたけど……私の勘違いだった?
いまはまた狐みたいな顔に戻って、私につららのごとき冷たく尖った視線をグサグサと突き刺してくる。
「沙羅咲や、残念やけど、そりゃあ海斗くんみたいな男前やったら、お付き合いしとる女性の一人や二人、おらん方がおかしいで。お前もいい加減、あきらめたらどうや?」
おぉ! またしてもナイスアドバイス。
まさに神の所業。甘鷲(父)の背後に後光が差して見える。
それにしても、ものの見事に鮫島さんが意図したとおりの展開で進んでいるではないですか。ラッキー。私、まだ何もしてないのに。
――そう。
鮫島さんに頼まれた私の役割はズバリ、このお見合いをブッ壊すことである。
あ、違った。ブッ壊しちゃいけないんだった。
あくまで、さりげなく……お相手の女性に恥をかかせないように、そして傷つけないようにして、やんわりとお断りする(あるいは、向こうから断ってもらう)ことが私に課せられたミッションなのだ。
鮫島さんが気をつかうのには理由がある。
甘鷲さんちのお嬢さん(沙羅咲さん)は鮫島さんのことをいたくお気に入りなんだけど、まぁ、鮫島さんにその気はない……と。
で、沙羅咲さん(どうでもいいけど、さらささん、ってサが多くない?)も鮫島さん本人に直接アプローチしてきてくれればいいものを、お互いの父親やら周りの人間を巻き込んでくるもんだから、断りにくい。
甘鷲さんは魚貴族の大事な取引先でもあるし、大将の友人でもある。
その娘さんの好意を無碍に断ることもできず、ではどうすれば諦めてくれるかと思案した結果――
適当な女性を見繕い、「結婚を前提に付き合っている彼女」に仕立てて、紹介してしまうというのはどうだろう!
……と、鮫島先輩は思いつかれたわけですね。
そして見繕われたのが私というわけですね。
鮫島さんだったら、そういう役割を喜んで引き受けてくれる女の人とか、それこそ何人もいそうなもんだけど。
鮫島さん曰く、「ちょっとでも自分に気がある女」はダメなんだそうだ。理由は「本気にされたら面倒だから」。
わからなくもないけど、なんか自分勝手な言いぐさだよねぇ。まったく、これだからイケメンは……!
まぁそんなわけで、この役を引き受ける条件としては「鮫島さんにまったく気がないこと」が重要らしく。
「その点、堀ノ内さんなら安心でしょ? 俺にまったく興味なさそうだし。あ、でも蒼ちゃんが知ったら怒るかもな? 過保護だもんねー、あいつ」
そう言って、クックッと楽しそうに笑った鮫島さん。
うん、この人も蒼太くんと同じで、蒼士のことが大好きみたいだね。
モテるなー、蒼士。
しかし、そんなその場しのぎの古くさいやり方で上手くいくのか?
安易すぎじゃない?
――と、私は思ってたんだけど。
どうやら、この分だとうまくいきそう……。
え、ほんとに??
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