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『オートロックだから、好きなときに帰ってもらって大丈夫』
少しばかり右あがりの角ばった字。
「どっちの字だ? これ……」
なんとか二人の字を思い出そうとするものの。
「うぅ~……思い出せない」
学生時代、蒼士とのやり取りはメールが多かったし。
蒼太くんに関しては、そもそも彼の字を目にする機会がなかった。
あ、ちょっと待てよ。そういえば、小学校を卒業する時に蒼太くんから手紙を貰ったことがあったはず。『今までありがとう。そつぎょうしてもがんばってください』みたいなやつ。
……って、何年前だよ。蒼太くんがまだ『卒業』って字も漢字で書けなかった時代の話だよ。筆跡も変わってるわ!
「朱莉~?」
やばい。
蒼士が不審がってる。
ひとまず思い出すことを諦めて、すごすごと蒼士の待つリビングへと向かう。
そういや本当に顔ドロドロだ。
「どうした? 顔色が悪いぞ。あ、二日酔いか? ったく、飲み過ぎなんだよ。だから止めとけって言ったのに」
「あぁ、うん。そうなの……なんか頭痛くて」
「これ飲め。酔いを覚ますには水を飲むのが一番だからな」
呆れたように笑った蒼士から冷たいペットボトルを渡される。
え、何なのこのヒト。イケメンな上に気まで利くの?
蒼士のいい男っぷりに、ますます昨日の相手は蒼士ではありえないと思えてくる。
こんないい男が私みたいな女を相手になんてするわけがない。
そういや、もうとっくにフラれてたわ。忘れてたけど。すっごい昔の話だし。
そもそも蒼士は酔いつぶれて正気を失ってる女に手を出すような男じゃないと思う。たぶん。
え? じゃあ……蒼太くん?
いやいや、それもありそうにない。彼の場合、女に困ってるとも思えないし、何を好き好んで、こんな顔もスタイルも十人並みの干物OLを相手にする必要があるんだ? 呼べば飛んで来る女の子がゴロゴロいそうだわ。
「あ、あの、あのね? 昨日のことなんだけど……」
「どうした? トイレなら廊下の突き当たりにあるから」
言い出せなくてモジモジしていたら、トイレを我慢していると思われたらしい。
「あ、そうじゃなくて。あの、昨日の夜のことなんだけど」
「ん?」
明らかに挙動不審な私を前に、首をかしげてみせる蒼士。
「私、蒼士と、その……」
「ん? なんだよ?」
真っ直ぐに見つめてくる蒼士の顔が見れなくて、思わず目を逸らしてしまう。
顔を動かした拍子に髪の毛が揺れて、私の首元が露わになった。
そこに注がれた蒼士の目が一瞬大きく見開かれたかと思うと――
「ぎゃあ!?」
蒼士が突然覆いかぶさってきて私の首すじをカプリと――噛んだ。
「えっ! なに? なに!?」
蒼士に噛まれた場所を押さえて狼狽えまくる私に、
「……ごめん。なんかムカついた」
「はぁ!?」
蒼士が謝ってきたけど……目が怖い。
いつもの目尻の下がった優しい蒼士はどこへ行った?
なんでそんなに怖い目つきしてるの??
「昨日の夜がどうしたって? もしかして覚えてないのか?」
「いや、それがその……」
怖い。
蒼士の目が据わってる。
心の奥の奥まで見透かされそうな鋭い目で見つめられて……息ができない。
「ハイ、スミマセン。……覚えてません」
蒼士の視線から逃げるように大きく頭を下げると、
「はぁぁ……」
と、大きな溜息。
あぁ、完全に呆れられてる……。
「あ、あの……蒼太くんは?」
「知らね」
冷たい。蒼士が冷たい。
「あんな奴、どうでもいいだろ」
あんな奴って……!
弟でしょ、あんたの。
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