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あの後、一向に機嫌の直らない蒼士から逃げるように藤沼家を後にした。
昨日の夜とは違って、蒼士はもう「送っていく」とは言ってくれなかった。
それがちょっと残念だったけど……なんて、そもそも送ってもらうほどの距離でもなかった。同じ学区内だよ!
マンションを出ると、太陽がとっくに昇りきっていた。
時間を確認したら、もうお昼に近い。
長居しすぎた。これは蒼士が怒るのも無理はない。
蒼太くんは出かけてしまったのか、帰ってこなかった。
あの蒼士の反応から察するに……昨夜の相手はやっぱり蒼太くんなんだろうか?
いや、でも、いきなり噛みつくなんて行動、今までの蒼士なら絶対にしなかったと思う。だって距離感がおかしい。一夜にして距離が詰まりすぎてる。昨日の夜に何があったんだってレベルだよ!
やっぱりナニがあったってこと……!?
「なに、あんた。いま帰ってきたの? 朝帰り?」
玄関先でマイバッグを抱えた母親がニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を浮かべている。
くそっ。よりにもよって一番面倒な相手に遭遇してしまった。
「お母さん、心配してたのよぉ。あんた、いい年して男っ気の一つもないからさぁ。ほら、あんたと同じ幼稚園に通ってたサッちゃんなんて、もうすぐ三人目が産まれるんって言うじゃない? あんたもそういう相手がいるなら、さっさと結婚して、早く子供産みなさいよ」
「あーはいはい」
殺伐とした東京砂漠で疲れた心身を地元で癒そうと思って戻ってきたというのに。
田舎は田舎でめんどくさい。
やれ、「結婚しろ」だの「子供産め」だの……二十代後半の女にかかる時代遅れの"圧"の数々。
今どき、二十七で独身なんて全っ然フツーだし。
そもそも孫ならすでにお姉ちゃんが産んでるだろーが! 何人欲しいんだよ!?
しかし二十代の今でさえこんなに煩く言われるんだから、独身のまま三十路を超えたらどうなってしまうのか? 想像するのもオソロシイ。
まだまだ喋りつづける母を残して、そそくさと自分の部屋へと逃げ込む。そういや、サッちゃんって誰だっけ? 幼稚園で一緒だった子なんて忘れちゃったよ。お母さん、よく覚えてるな。こっちは昨日の夜の記憶さえ覚束ないのに……。
「げっ!」
鏡を見て奇声を上げてしまった。
顔がドロドロ……なのは予期していたとはいえ。
蒼士に噛まれた首筋のあたりにキスマークが!
ちょうど自分の視界からは死角になってて気づかなかった。
コレを見て蒼士は不機嫌になったってこと?
ということは、やっぱりーー
昨日の相手は蒼太くん!?
え、待って待って待って。
あの子、いくつだっけ?
私より五歳下だから……二十二か。
よかった、とっくに成人済みだよ。
子供の頃のイメージ引きずりすぎてた。
とりあえず犯罪は免れたってことで。このコンプライアンス時代に淫行はマズいからね。
それより、なんで蒼士はあんなに怒ってたんだろう?
まさか嫉妬?
うわー。きゃあー。どうしよー。
……なぁんて。
そんなことあるわけないでしょ。
また安っぽい少女マンガ展開を妄想してしまった。
むしろ逆じゃない?
人として軽蔑されてしまったのでは……。
うちの可愛い弟に手を出しやがってーーみたいな?
ありそう。
こっちのほうが全然ありそう。
蒼士は真面目だから、「付き合ってもないのにそんな関係になるなんて、けしからん!」みたいな昭和の父親的な怒りかもしれない。
どうしよう……。
蒼士には嫌われたくないのに。
別にカノジョになりたいとか、そんな大それたことを望んでるわけじゃない。ただせっかく私も地元に戻ってきたんだし、蒼士とも昔みたいに普通にイイ友達付き合いができたらいいな、ってそう思ってるだけなんだよ。こんなささやかな願いすら聞き入れてもらえないなんて、私はどれだけ神様に嫌われているのか。それともよっぽど前世で悪いことをしたんだろうかーー。
知らん。
今世も手に負えてないのに、前世のことなんて知らん。
もう寝る。とりあえず寝る。昼間だけど寝る。
なぜなら二日酔いがまだ引いてないから。
うぅ~……頭痛い。
いろんな意味で頭痛いわ。
今日が土曜日でよかった。仕事休みだし。
てなわけで、シャワー浴びて、水飲んで、寝た。
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