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また、夜遅く青年は帰宅する。
無言で真っ暗な部屋にたたずむ。片手にはコンビニの袋がぶら下がっている。心臓の鼓動が頭に反響している。なるほど、まだ自分は生きているらしい。
われながらおかしくなったなと思う。
このマンションに住もうと決めたのは、駅から近かったから。それだけの理由。中層階に住んでいるのは勧められたから。
「すこしでも高いほうが眺めがいいですよ」
販売員が言っていた気がする。正直、だまされた。
滑るように歩き、青年は窓を開ける。のっぺりとした風が顔をなでた。暖かさも涼しさも感じない。靴下のまま、ベランダに出る。周りを眺めてもマンションしか見えない。高い壁に囲まれている。まるで監獄だ。うんざりする。
ベランダから身を乗り出して、下をのぞく。暗闇が広がっていた。
「つまらない」
青年はそうつぶやいて、ベランダに寝ころんだ。スーツが汚れてもなにも思わない。仕事について考えてどうなるというのだ。
仕事の給与はまあまあ。だが、勤務時間がいけない。毎日のように帰宅が真夜中になる。そのせいで食事は買うか外食。健康にいいわけがない。寿命を削ってお金にしているのだ。
「かっこいいなあ」
青年が笑う。ちょっと体を起こして、向かいのマンションを観察する。今日も明かりがついている部屋はすくない。電気が消えた部屋ではみんな夢のなかである。
「いいな、いいな」
ベランダの柵に寄りかかる。そのまましばらくぼーっとする。
「そろそろか」
いい加減人間に戻ろうと、部屋に戻る。
スイッチを押して電気をつける。
「ん」
視界のはしでわずかな違和感があった。向かいのマンションでも電気がついたような気がした。ちょうど青年の部屋の真向かい。たしかに明かりはついている。
直立不動のまま、その部屋をじっと見つめる。それなりの距離があるのでなかの様子はわからない。はたして人がいるのかも確認できなかった。
それでも、ひょっとしたら自分と同じような境遇の人物が住んでいるのではないか。そうあってほしいと思った。
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