森の賢者

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島田は背負ったリュックから、懐中電灯を出す。 忠野も金井も賢やキュンも、同じくリュックから懐中電灯を出した。皆んな、そのくらいの準備は当然してある。 「あれ? お爺ちゃん、懐中電灯忘れたの? 照れて無いで、ケン坊に借りなよ? ケン坊はキュンと使えば良い!」 彩は何も持たない長を気遣い言った。 「ワシは闇の中くらい、そんなもん無しで歩けるっ! 毎日、夜の森を走っとるっ!!」 その言葉の通り、長はトンネルに先頭を切って入ると、スタスタと前に進んだ。本当に闇の中でも、目が見えている様だ。 入り口こそ灯りが差し込んでいたが、直ぐに当たりは完全な闇に包まれる。 振り返ればトンネルの入り口だけが、闇を切り抜いた様に強く輝く。光は想像よりも、ずっと届かなかった。 夏だというのにトンネルの中は涼しいを超えて、少し寒い位だった。 一気に10度位下がったんじゃ無いか? とさえ思う。 登って来るまでにかいた汗がひんやりと冷える。 夏服の彩は、両腕を抱き、首を窄めると、思わず身震いした。 「わぁ、あのお爺ちゃん本当に天狗みたいだね? 本当に見えてんだね?」 先頭を歩く長を見ながら、後ろから2番目を歩く彩が感心して言う。 「えっと、何ちゃんだっけ? 始まりは、本当に君達なのか?」 最後尾を行く島田が、前を歩く彩に訊いた。 「彩だよ。分からないけど、今思えば、おかしな事が始まった時期は、私達が貯水池に行った直ぐ後からだよ。貯水池で変な黒いドアを見付けて、このトンネルを通って、皆んながさっき登って来た所から下りたんだよ」 「ドア?」 「貯水池から水が出ない様にする扉だよ? でも変なドアだった。木でも鉄でも無い」 「いやまって、そんな扉が女子高生の力で簡単に開くのか? 水圧ってのは思ってる以上に凄い。そんな物を塞ぐ扉だ。当然普通は鉄だろうし。鉄じゃ無くとも同等以上の頑丈な物の筈だ。ずっとでは無くても一定期間期間水の中にあった筈だし。固着してたりもするだろう。大人の男でも開くのは簡単じゃないだろうっ!?」 由美子と咲夜を2人挟み、前を行く忠野が言った。 「——そんなドアは無かったよ。」 「え!?」 彩は思わず驚きの声を上げる。 「田中陽子さんの事件の時。もう一度現場検証した後で、三上を置いて1人貯水池を見に行った。水中に有ったのは錆びた鉄の水門だけだった。アレはどう見てもドアじゃない。黒くも無かった」 「そんな!? 嘘言ってないよっ!! 由美子も見たよねっ!?」 「……ええっ!?」 由美子の声も困惑している。手にはキュンから渡された懐中電灯がある。 「ああ。嘘を言ったなんて思って無い。つまり、君達が貯水池に行った時から、既に異変は始まっていたんだ。何かが起き始めていたんだ」 「……。」 「僕も忠野さん達が集めた資料は見せて貰ったから、大体は知っているよ。昭和の後期に、この森の中の貯水池で起きた猟奇殺人事件……。」 島田は語尾を濁す。 「お巡りさんのチンコバラバラ事件だよッ!」 彩は濁した部分をキッパリと言った。 「わざわざ君らに気を使って語尾を濁したのに、ハッキリ言うね……。まあ、当たらずとも外れては無いけど」 島田は苦笑いするしか無かった。 忠野は自問するように言う。 「数十年前の事件から、今回の事件まで全部繋がってるなら、どう繋がるんだ? ただ何かの拍子に解き放たれた獣が、腹を空かせ捕食するような、行き当たりばったりの事件なのか? それとも、何か……。」 「私達が何かしちゃったのかなぁ……。」 紗江子の後ろを行く賢は言う。 「いや、それなら今回の貯水池の発見からだろう。貯水池の話は俺達も都市伝説みたいに、上の世代から語り聞いて来た。美麗さんの話も——」 「そう言えばさ。先輩が見た謎の生徒は、今はもう無い黄色のリボンをつけてたんだよ?」 「私のお祖母ちゃんの時代のリボンね?」 「彩が撮った心霊写真の子も、黄色のリボンをしてたわよね?」 「そんで美麗さんもね! 祖父ちゃんが言ってた!」 「黄色のリボンの謎の少女と美麗さんかぁ。その黄色のリボンの時代ってのは、美麗さんの見つかった時代と被るのかぁ」 島田は呟くように言う。 「違うよ。美麗さんが見つかった時は、もうリボンが色分けされてたよ。美麗さんのリボンは何故か黄色かったけど。黄色いリボンを付けてたのは、制服が変わった年の1年だけだよ。」 「美麗さんは、その時にはもう使われていなかった黄色いリボンをつけてた訳か? 敢えて黄色いリボンを付けていた。部外者なら、リボンの色が変わったのを知らなかった?」 「美麗さんの該当者が、在校生や卒業生に居なかったから、生徒じゃなかったよ。でも本当の問題は、その後美麗さんが消えちゃった事」 「消えたかぁ……?」 先頭を歩く長は 「今更、そんな事考えた所でどうしようも無いわ。もはや過程など、どうでも良い。これから待ち受ける化物を屠るだけじゃ」 吐き捨てる様に言った。 「長は正体について、見当は付いてるんですか?」 島田は顔を挙げ訊く。 「大まかな推測くらいはあるが、そんなもんが、この山に居るとも思えん。もしそうなら、犬を連れて来た方が良かったかもな?」 「犬ですか? 臭いで追うんですか? 長のお考えを聞かせて下さい?」 「今は下手な先入観は持たん方が良い。もし違えば、反応が一歩遅れる。常にあらゆる状況を想定せねばならんが、そもそも我々の常識の外のモノだ。想定外が当たり前だと思え」 「ええ。そうですね」 「……犬?」 2人の会話を長の後ろで聞いて居た金井が小さく呟いた。 金井の心に引っ掛かるものがあった。 前の山狩りの時だ。まるきり動物の気配の無い森の中で、連れて行った猟犬だけが何かに異常に反応した。 「長……」 金井が語り掛けようとした時 「ねえ? お爺ちゃん! なんで、山の神の居る山に(おなご)は入っちゃダメなの?」 彩の声が、金井の小さな疑問の声を掻き消した。 「お爺ちゃん……。森の神はな、女神じゃが酷い醜女なんじゃ」 「醜女?」 「醜い女という事だ。だから、若い女が山に入ると嫉妬して悪さをする。逆に自分より醜い物を見ると、機嫌が良くなるという話もある。じゃから、猟師はお守り代わりにオコゼの干物を持って行ったりする。オコゼはブサイクじゃろ?」 「オコゼ?」 「魚よ」 「へーじゃあ、彩連れて来て正解ね? ふふふ」 「どういう意味じゃ! お前の方じゃ!!」 「じゃあ、由美子姉さんと咲夜さんはダメですね」 「ハァッ? テエー! キュン!!」 「死ぬんか? キュンッ!!」 紗江子は振り返り、彩は横から顔を出し、揃ってキュンを見て、拳を握りしめて睨む。 「良い加減にせい! もう着いたぞ!! 此処が気配の終着点じゃ!」 「——私達、此処知ってるわっ!?」 由美子が言った。 「うんっ!?」 「私達も知ってるわ!!」 そこは、あの謎の白いドアの前だった。
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