森の賢者

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「開けますか?」 「それ鍵しまってるよ?」 「木製の扉だ。これくらいなら体当たりで敗れる」 忠野はドアの前に出る。 「辞めとけ。怪我するぞ?」 「え?」 「ちょっと蹴飛ばしてみぃ?」 「え? ……わ、分かりました」 そう言い、忠野がえいっ! と蹴飛ばすと 蹴った力がそのままビーン! と足に跳ね返ってくる。 「うっ!?」思わず声を上げる。 「まるで、コンクリートの壁を蹴飛ばしたようです。なんですかこれは?」 「退け」 長はそう言い、錫杖で木製のドアを袈裟斬りに打つとバキバキバキッ!!? と板が割ける。 「あっ!?」 隙間から、扉のすぐ裏に黒い壁が覗く。 長はガシガシと残りの木製のドアを錫杖で剥ぎ取った。 全ての前面のドアを取り去ると、そこにはドアと同サイズの黒い壁が現れた。 島田は懐中電灯をそれに向ける。 表面は硬質で、ぬらぬらと懐中電灯の光を反射して、まるで御影石だ。 「こんなもんがすぐ後ろにあっては、蹴ったくらいじゃ破れませんな……。」 忠野は呆れたように言った。 「これだよ!? これが貯水池にあったんだよ!!?」 思わず彩は声を上げる。 「そうね。これね……。」 由美子のその声に賛同した。 「でもドアって、これドアノブが無いわよ? 黒いモノリスみたい」 小夜が言った。 「何モノリスって?」 「2001年宇宙の旅に出てくる黒い石盤よ」 「群がる猿達の前に現れる奴だね。モノリスの本当の意味は一枚岩とか岩の塊でできた物や山を指す訳だが。これは岩って感じじゃ無い。何だろう? 当然木では無いけど、鉄でも無い。岩といえば岩だけど。近い見た目は御影岩?」 島田は黒い壁をさすりながら言う。 「貯水池にあったのにはレバーがあった気がするけど……。」 「これは、多分ワシの師匠が術で作った扉じゃ。この世の物質ではない」 「術で?」 「さて物はどうあれ、困った。これをどうして開けるか?」 「開けられないのですか?」 「我々の使う術には、正式に決まっている訳では無いが、山伏同士で伝えられる基本的な術と個人で練り上げた術の2種類ある。この扉は、師匠オリジナルじゃ。開けては困るから、誰にも開けられないように、この封印の事は教えなかったんじゃろう?」 「ダメですか?」 「まったくダメという事はない。ただ色々調べねばならんし。天狗山に帰って先代の長の残した書物なども調べねばならないだろう。そうすれば、何らかの糸口が掴める可能性がある」 「可能性はあるだけですか? 100%ではないんですね?」 「言い切れはせんわな」 「でも開かないなら、どっから出入りしてるんですか? 中にいるんですよね?」 「見てみい。普通ドアノブのある場所らへんだ」 島田はそこに懐中電灯のライトを当てる。 「これは?」 そこには、小さな穴があった。 島田は言葉を続ける。 「この形は鍵穴?」 穴の形は丁度前方後円墳を上から見たような形をしていた。 「先代がワシに残した物があった。その中身を見る事を禁じたが多分、この扉を開ける為の物だ。この扉自体は強力な結界だが、それはただの穴だ。向こうにも通じているのであろう」 「此処から出入りしてるんですか?」 「霊体となれれば可能だ。自分の体を細い糸のようにして、この穴から出て、肉体を練り直す」 「そんな事が?」 「物理的な存在ではない霊体だからとて、ただの穴ではない。簡単には出来ん。そこが先代の盲点だったんだろう。現にこの結界は破られてないのだから、そう考えるしかあるまい。下等な邪鬼の部類には出来ん技だ」 「ちょっと待って! 今、あの化物が中にいるなら、なんで寮や学校の中まで入って来なかったの!? 大きくて入って来れなかったんじゃないの?」 紗江子が言う。 「分からん。先代がなんらかの結界を寮と学校に張ったのかもしれん。ありえん事ではない。そんな感じはなかったがな……。」 「でも、陽子先輩の時は室内に入って来たんでしょ?」 彩は言った。 「……。さっぱり、分からん。とにかく、この先に行くしかないじゃろ? ここで考えてても拉致が開かん。ただ開ける事がなぁ——」 「先代の長が残した物があるんでしょう? それで開くんでしょ? 一旦帰ってそれを取って来たら? 幸い此処は山奥って程じゃないし。十分出直しても——」 「物が無いんじゃ」 「えっ!?」 「ある日、開ける事を禁じた箱が開いていた。そして、中身が消えていた」 「元々無かったと言うのは? そうだ! 箱自体が鍵とか?」 忠野は刑事の推理力というより、ファンタジーに近い想像を巡らし言う。 「それは無い。ただの桐の箱よ。あれは多分、この扉と同じに長が術で作り出したこの扉の鍵が入っとった筈じゃ」 「——鍵っ!? あの? 鍵ですよね? 鍵で良いんですよね?」 由美子は恐る恐る尋ねる。 「ああ、この穴の形状から見ても、きっと形自体は単純な鍵だろう。物理的に開けると言うより、鍵自体にある種の術式が掛けられておって、差し込むだけで結界を解除させる様なものじゃろう」 「——これ」 そう言って、由美子はポケットからあの黒い鍵を出した。 「それは!? なんで、お主が?」 「此処に来て帰って来た時、ポケットに入ってたんです」 「おおっ! 奇跡です!! 早速、中へ!!?」 「待て、奇跡な訳あるか。なんかおかしいぞ? こんな偶然あるか?」 「中に招かれているんでしょう?」 金井が言った。 そして続ける。 「きっと向こうも、我々の存在を認識している。奴も決着を付けるつもりなんでしょう。この状態なら、向こうにとって我々は袋の鼠のようなもの。でも此処で待ち構えて、襲ってくるような事はしなかった。鬼が出るか蛇が出るか。……仏が出る事はないでしょうが。中へ誘っているのです。行くしか無いでしょう」 「……。」 長は少し考えた後、由美子に掌を差し出す。 由美子はその上に、黒い鍵を置いた。
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