森の賢者

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長の言葉に従うように、何かが猛スピードで此方に向かってくる。 さっきよりも折れる木の数と、音のデカさが違う。 枝葉を折るような音ではない。幹からなぎ倒しているのだ。 森の中に見える黒い巨大な影。それは瞬く間にどんどんとデカくなる。 化物は目の前の木々の避けずに、なぎ倒しながら、4つ足で走り正面から突っ込んでくる。 避けてスピードを落とすより、真っ直ぐ進んだ方が早いのだろう。 森から再び巨大な化物が姿を現した。 四つん這いの状態でも、見上げる程の高さがある。 金井がライフルを空かさず発砲する。 肩に大きな反動が返るが、それを体全部で受け止め流した。 パンッ! と火薬の爆ぜる乾いた音が森に響く。 金井の狙いは目玉だった。 羆なども額の骨や筋肉は分厚く、カーブした頭蓋骨の形状からも、弾丸を受け流してしまう事があった。そうなると致命傷は与えられない。 だが眼球を狙えば、目玉の裏の眼底部分の骨は額に比べれば薄く、その裏には脳がある。目玉を上手く射抜ければ、弾は脳まで届くのだ。 ——とはいえ、正面から向かって来る獲物の目玉だけを撃ち抜くのは至難の技だが。 そこは、長年熊を打ち続けた金井だった。 化物は巨大な指で弾かれたように、大きく頭を後ろに仰け反らせた。 確実に頭のどこかには当たっている。 そして、そのまま後ろに転げ倒れた。 「……仕留めたのか?」 そう言った忠野の額に一筋の汗が伝う。 金井は撃鉄を引くと、ライフルを構えたまま化物に近く。 トドメを刺すつもりだ。 「待てっ!」 長は言うが—— 「トドメをッ!!」 金井は歩みを止めない。 皆は金井の背中越しに化物の動向を見守る。 化物の顔を金井が覗き込むと、左目を銃弾が打ち抜いていた。 目玉は完全に潰れて、多くはないが出血をしていた。 その様子に、金井は一先ずはほっと胸を撫で下ろした。 まじまじと見ると、一見巨大な猿に見えたが、その顔は人に近い。 とはいえ人の顔はしていない。潰れた鼻。眉のない眉間。毛のない赤黒い肌には、深いシワがあり。だらりと開いた口からは、肉食獣さながらの巨大な牙が覗く。 構えたライフルを下ろし、トドメを刺すのを忘れて、暫くその姿に見入っていた。 だが、すぐに我に帰る。 トドメを撃たねばならない事を思い出し、再びライフルを構えた。 「逃げろ! 金井っ!!」 長は叫ぶ。 と同時に突如倒れていた化物が飛び起きて、金井の左肩に噛み付いた。 パンッ! と弾は発射したものの、地面を射抜いた。 ライフルは大きな反動の所為で、金井の右肩を上に滑るようにすっぽ抜けて、地面に転がった。 化物は金井を咥えたまま立ち上がる。 「グガアアア————————ッ!!!!!!!!???」 金井の左肩に激しい痛みが走る。 危うく肩が噛み砕かれる寸前で、駆けて来て長が飛び上がり、化物の左頬、顎の付け根ら辺を、錫杖でバシリッ!! と打った。 その瞬間、化物は顔を打たれた方向に背け、口は開けた。 金井はかなりの高さから地べたに転げ落ちたが、そのまま手と足を使い獣のように一目散に地を走り、ライフルを拾うと、構えて直ぐに化物に発砲する。 アドレナリンが出ている為か、痛みは感じなかった。 それより目の前の化物を倒す事の方が優先された。 弾は化物の腹辺りに当たったが、それでも倒れなかった。 3発全て使い切った。 金井は動きながら空の弾倉を捨て、ガンベルトから新しい弾倉を取り、ライフルに装填する。 その間に、長は錫杖を棒高跳びの棒のように使い、化物の顔に蹴りを入れて、飛び上がり肩の上に乗ると上から、化物の脳天目掛けて寂静を突き立てようとするが、右手で払われて失敗する。 長はくるりと身を翻して地面に綺麗に着地した。 だが素早さでは化物も負けていない。 長目掛けて、直ぐさま拳を叩き下ろす。 長はそれをまた身を翻して躱した。 ズドンッ!! と音を上げて、化物の拳が地面にめり込む。 当たれば人間など煎餅のようにペチャンコだ。 まるで人間モグラ叩きさながらに、その攻防は暫く続いた。 金井も長を援護する為に、再び前に出る。 今度は、化物の脚目掛けて発砲する。 急所を狙うより、まず動きを封じる作戦に変更した。とにかくデカイ、動けなくしてしまいたい。 だが、弾は股の間を抜ける。 いつもなら簡単に当たる筈なのに——。金井は苦々しく自分の左肩を睨む。 噛まれた左肩の所為で、銃が上手く化物を追えないのだ。銃身を支える左手が、精密な動きをしてくれない。 じっとしてては狙われるので、金井は動きながらさらにもう2発撃つが、やはり外してしまう。せめて、どこかに寝転んで狙撃手のように撃てたなら……ッ!? と金井はぐっと歯噛みする。 とうとう、長の頭上に化物の拳が迫る。 金井はライフルを構えようにも、弾が既に尽きた事を思い出す。 普段なら6発の残弾数だって絶対に見誤らないのに、たった3発の残弾を一瞬とはいえ忘れるなんて、自分が思っている以上に精神的にも肉体的にも追い込まれている事を悟る。 金井は自分に落ち着け! と言い聞かせながら、素早くガンベルトに手を伸ばすが ドスンッ!! 化物の拳追を受けた長の両足は、くるぶし辺りまで大地にめり込む ——が、錫杖1本で化物の拳槌を止めている。 おおおおお————————————ッ!!!!!!!!! と思わず岩の上から、歓声が上がった。 弾倉を装填し終わった金井は、長の錫杖の上の化物の拳目掛けて、ライフルを発砲する。 今度は当たった。化物の右手の指2本、中指と薬指が吹き飛んだ。 堪らず化物は咆哮を挙げ、右手を天高く掲げた。 その瞬間、やれる! 金井は確信する。 攻撃は効かぬ訳ではない。
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