森の賢者

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新たな化物は、腰を抜かす皆にゆっくり顔を寄せて来た。 絶体絶命と言うなら、まさにこの事であろう。 全員の匂いを舐めるように嗅ぎ、彩の前に止まった。 一番小さな食べても美味く無さそうなのが選ばれたのだ。 化物は彩に鼻を寄せた。 「山伏さん、もう居ないって言ったやぁ〜ん……。」 彩は小さく嘆いた。 一歩間違うと、これが最後の言葉になりそうだな。 そう心の中で、一人ツッコミを入れてしまう自分が悲しかった。 賢は勇気を振り絞り、彩に駆け寄り抱きしめた。 助けられはしないが、でもどうにか守りたかった。 その思いの表れた精一杯の形だった。 だがやはりどうする事も出来なかった。 そんな中、彩は自分の制服のスカートのポケットに手を突っ込み何かを出して、化物に差し出した。 それは今朝出されたバナナだった。 化物はバナナをクンクンと嗅ぎ舌を出した。 賢は彩に辞めとけ!? と首を振るが、彩は化物の舌の上にバナナを置いた。 化物は舌先に乗るほどの小さなバナナを錠剤でも飲むように口に含むと、プッと皮を吐いた。 皮は隣のキュンの顔に張り付いたが、キュンは恐怖で微動打出来なかった。 彩は言った。 「バ、バナーナ……。」 紗江子他碧杜女子ーズはやめとけッ!? と皆心の底から思ったが奇跡は起きた。 「バ、バナーナ……。」 怪物はそう答えた。 そして続けた。 「わ、私は、に、人間の言葉が少し、だか……分かる。バナナありがとう。いい匂いがしたのはこれか?」 と 「————————————えっ!?」 皆、さすがにそれには声が揃った。 「昔、アデンに教わった……。」 化物は言った。 「つまり、おま、いやっ君は! 今、彩ちゃんじゃなく、バナナに興味を示していたのか!? 我々を喰ったりする気は無いのか!?」 島田が代表して訊いた。 「我々は、基本肉を食わない。木ノ実や草の芽や根、主に植物しか食べない」 「今、学校を襲ってるのは君の仲間じゃ無いのか?」 「兄弟だが、彼らは私を頭が足りないと思っている。でも、実は足りないのはあいつらだ。私の言葉が理解出来ないのだ。私はあいつらと共には行かない。まあ、人一倍体の大きい私はあの穴からは出れないがね」 「穴? ドアの事だね。彼らの目的は? 君と同じなら人間を喰わないのだろう? 確かにマタギの集落にあった遺体は、喰われて欠損してはいなかったように見えた。体の全てがあった。そしてアデンとは? 誰だい? 人間かい?」 「アデンはそこにいる。我らの母だ」 そう言って、化物が指差したのは祭壇団の前の化物の死体だった。 「それがお母さんなのか? どうしてお母さんをそんなにしたんだ?」 「アデンは昔、最後の我々モリスの唯一の生き残りだった。そして、アルスの男と子供を作ったそれが私達の先祖だ」 「モリスは君達種族の名前か? では、アルスとは誰だ?」 「アルス」 そう言って、化物は島田を指した。 「アルスとは人間か——。待て待て、最後の生き残りで、人間と交配した。そうか。マタギ集落の祭壇と、この祭壇は繋がっていたんだね? 昔」 化物はゆっくりと頷いた。 「どういう事? 祭壇? ご神体は?」 賢が訊いた。 「違う、ご神体じゃ無い! あの祭壇の階段の上には、僕らがさっき来たドアの裏側のような、穴があったんだ。次元を超える穴がね。それでそこから来るモリスの雌、いや女と、契りを交わす事でマタギは何かを得ていた」 「私達の存在は森を育み豊かにする。我々が、森に暫く関わるだけで、1年は獣や山菜や薪、アルスが山で求める物はなんでも手に入った。そして、山で生きる彼らにも僅かだが力を与えた。その代わりに子種を貰う。理由は分からないが、我々は段々と子供が生まれる数が少なく無くなった。だから最初は数を維持する為に、繁殖力の強いアルスの血を入れようとした。アルスは私達と違い。年々数を増していた」 「今、僕達の体が不思議と軽いのはその為か。どうしてモリスの女だけなんだい? 男は人と交われないのかい?」 「いいや、我々が通じていた村には男しかいなかった」 「そうか。モリスを山の神、つまり女神と考えたから、マタギの方が男だけの村を作ったわけか。それに合わせた——。なるほど」 「契りを交わしたモリスの女は、1年は集落で夫婦としてアルスの男と暮らす。そして1年後に子供を産んでアルスの集落から去る」 「なるほど。近代化で森での収入より、街へ出る事をあの集落の民が選んだのか? もしくは、穴が閉じた事で森を捨てざる得なかったのか? それは今となってからでは分からないが。これは簡単な獣害事件ではなく、君達の母親アデルが考えた種を存続させる為の命懸けの巧妙な策略だった訳か。大体分かってきたよ」 「説明してよ! 島田さん!!」 賢が訊く。 「こういう事だよ。たまたま再び空いた次元の穴を見つけたアデンは、そこから出て美しい美女に化けて、人間の男を誑かそうとした。穴とは今僕らが通って来た洞窟だ。そして見事3人の男と契りを交わした。確実に子を授かる為に、3人すべてと交わる必要があった。受精の確率が上がるからね。それが、あの貯水池で見つかった3つの遺体だ。そして、君達の言う美麗さんの正体こそ、あのバ、いやアデンが化けた姿だ。アデンが穴をみつけた時は、その時はまだ制服のリボンは黄色だったわけだ。それから、好みの人の男が来るまで森に潜み待った。女子校で山の上の学校では、男の数は少ない。しかも森の中の貯水池だ。たまに来るのは管理の為の老いた用務員くらい。罠を張った訳ではないのかもしれない。たまたま水浴中に見つかっただけなのかもしれない。だが、結果的に屈強な警察官の男が来た。そして3人だけ残された。絶好のチャンスだったのだろう。3人共と契りを交わし殺した」 「どうして、殺して性器を喰い千切ったの?」 「バレない為にさ。交配したのがね。長の様な勘の鋭い、自分達の天敵の存在も分かってた。だから、秘密が約束されたマタギの集落の男達としか関係を持たなかった。頭が良い。その後、こちらの世界に帰って出産した。だが、その間に穴はまた塞がれた。前の長の手により」 「その時に、3つ子が生まれた。男と男と女」 「そうか。君達がどれ程で生殖可能な体と成るのかは分からないが、同じ血縁同士で交配を続けた結果。奇形が増える事になったのか。それが外に居た彼らだ。そして君のその桁外れな大きさも。それにしても、滅びを目前にしてた割には、爆発的な増え方だなぁ?」 島田はいつの間にか、モリスと名乗る猿人達を人として話していた。 「奴らは、人と交わる事で人の力を得て、体も治ると思ってる」 「その願望が、あの人間と猿を合わせた様な赤ん坊の画か? だから、老いた人間だけを殺したんだ。生殖機能の健全な、若い男女を選んだのか」 「体が治るなんて事はない。確かに、ずっとアルスと交わって行けば、生まれる子供はアルスに近付くかもしれないが、自分自身は変わらない。アデルも知ってたのに皆んなを騙した。モルスを滅ぼさない為に。最初に子供を1人使って、魂だけにして、術でドアの側までおびき寄せた獣に宿らせ鍵を盗ませた。そういう不思議な力が、アデンだけにはあった」 「なるほど、巫女か。人間の男と交わるのも、誰でも良いという訳では無かったんだね。君達には高度な文化が以前はあったんだね。きっと独自の宗教なども、あったのだろうね?」 「だが、鍵は開けられなかった。アルスでなくてはダメだと分かった。それで色々考え、次のチャンスを待った。アデンは子供達に自分の体を分解させた。そして術を使い魂だけになった。アデンの魂を外まで運ばせ、適合するアルス体を探しす事にした。だが魂だけじゃ自分では動けない。アデンは力があったから、下等生物ではなく、自分に近いアルスの女の存在が必要だった。女の体につかまり、一緒に動く。だから、面倒だった。動くにしても、宿るにしてもアルスの女でなくてはならない」 「そうか、そうか。まず、彩ちゃん達に目を付けたが合わなかった。だから共に学校まで行き。そこで自分に適合する中川先生に取り憑いた。そして、ワザと人間のままの足を切り落として、置いて置いたんだ。行方不明に見せ掛ける為に。用務員さんの死体やゾンビみたいな獣の死体を晒したり、学校を何度も襲ったのもそう。本当の目的は、自分を囮にして、人間にあのドアを開けさせる事。命と引き換えにしても。長が言ったハメられたとは、元々中にはアデンは居なかったんだ。肉体を持ったから、鍵穴から入れなかった。中で気配を出していたのは、外にいたあの子供達だ。アデンは気配を消して、僕らが中に入るのを待っていたんだ。だからあの時、長はずっと首を傾げてたのか! アデンは僕らが中に侵入してから、後から入って来た。5m近いが体を横にして、頭からは入ればなんとかいけるだろう。もしくは、中に入ってから最終段階の成長を遂げた可能性もあるな。体を横にすれば4m程度なら、あのドアも余裕だ。そして、僕らがアデンと死闘をしている間に、子供達がドアから出て行った。まんまとやられた訳か。一つ聞きたいが、人間の体を乗っ取ったのに中川先生の体じゃ、鍵は開けられなかったのかい?」 「最初に、あの鍵を掛けた山伏はそんなに間抜けじゃない。そこまで考えて、完全にアルスでなくてはならない様に術を掛けてある。使い魔など使えない様に」 「確かにDNAが人から変化していた。取り憑いて直ぐに切り離した場合は?」 「それなら切り離した部分の変化は緩やかになる。だがいずれは変わる。」 「なるほど。それで中川先生の足首も——。魂が切断され本体と離れたから、侵食が活性しないからか? 構造は良く分からないな? 中川先生に取り憑いた後のあの変化はなんだい? あんなに君達は急激に肉体が変化するのかい? 大きくなったりとか?」 「いや、魂になって他の生き物の体を乗っ取るという事は、モルスでもアルスでもない者への変化だ。もうアデンでもない。命と引き換えの術だ。君達との最後の戦いを見届けた。元々あんなに強くなはない。命と引き換えに得た力だ」 「そうなのか——。だから穴を見つけても、直ぐに力ずくで学校を襲う事はしなかった。きっと若い男性教師は当時も居たろうからね。でも君達は、人の力を得られたわけだ。結果はどうあれ爆発的な繁殖力を得た」 「いや違う。得てない」 「得てない? 繁殖力じゃないのか? じゃあ、彼らが欲しがった人間の力とはなんだい?」 「自然を変えて、自分の都合の良い様に出来る力だ。私はそんな物は良い物だとは思わない。私達は生まれながらに力があり、森があれば何も要らなかった。自然を変える事といえば、岩で雨風をしのげる住処を作るくらい。それで生きて行けた。だが、それなのに滅びを迎えようとしていた。おかしな話だ。だから、アデンも人の力を欲したんだろう。だが、どうあがいても兄弟達は滅びる。そして、私も消える。それが逃れられない種の宿命(さだめ)である」 「宿命(さだめ)?」 「私はずっと自分達の事を考えて来て、ようやく分かった。我々はこの世界に選ばれなかったのだ。だから、この別の世界に逃げた。だが、宿命からは見逃される事は無かった。そして、とうとう我々は宿命に捕まった。世界はお前達を選んだのだ。我々は選ばれなかった。全てが宿命である。だから、受け入れるしかない」 「君はなんて賢いんだ。そして全てを悟っている。まさに森の賢者だよ」 終わり
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