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薄暗い空間にギターの音だけが、誰かのハミングみたいに素朴に響いていた。同じ小節を繰り返し、繰り返し。猫が爪を研いで、それをしだいに強靭な武器に変えるみたいに、小さな音が積み重なって鋭利な音楽が輪郭を現す。
革張りの上質そうな椅子に、男が腰かけていた。ゆったりとした黒いパーカにジーンズ姿で脚を組んで座っている。その胸元には使い古されたアコースティックギターが携えられていた。男は身を屈めながらギターを静かに奏でていた。Eのコードから始まる小節を繰り返し。
ふと、男の指が一度だけかすかにギターのボディを叩いた。その瞬間、腹の底に響く重低音がぶちり、と平穏な旋律をぶち破る。キーボードの軽快な音とともにベースの重低音が空間を震わせた。絡み合った二つの音がギターの旋律に寄り添うように並び立つ。
強く、荒々しく、世界に警鐘を鳴らす。三つの音が完全に調和した瞬間を示し合わせたかのように、黒いフードの下に覗いた男の双眸がこちらをじろりと睨んだ。その瞳が赤く鋭く線を引いて輝く。
ゆっくりと唇が開き、あ、の形をつくる。
歌声が、飛び出す。
【続きます→】
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