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【春】
しゃがれた歌声が朗々と耳元で語り掛ける。一つ一つの言葉に寄り添うギターやベース、ドラムの音にリズムを合わせながら、一歩、また一歩と歩を進める。その音楽は荒々しく傲慢で、眼前に広がる優雅な桜並木とは不釣り合いではあるが、新天地への歩みを鼓舞してくれているようで今の自分にはぴったりなように郁太は感じた。
真新しい制服に身を包んだ生徒たちが脇を追い抜くと、桜の花びらが陽の光に当てられて淡い桃色に色付きながら、ひらひらと地面に舞い落ちる。通り過ぎた生徒を見送りながら、郁太は居心地の悪さを感じていた。彼らの背中に纏われた少し大きめのジャケットが新たな学生生活への期待を物語っていた。彼らのそれとは違い、郁太が身に纏ったジャケットは体の線に沿って、すらりと流れていた。まるで成長することはないと言い張るように。
だが、実際その通りだった。
三年をかけて心身共に成長していく新入生たちとは違い、郁太は高校生活最後の一年しかこの学校にいないのだから。
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