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ここに一枚のCDがある。
6人組男性アイドルグループ・アルビレオの5thシングル「orange graffiti」だ。
ジャケットには鮮やかなオレンジ色が一面に広がっていて、その夕日に向かってピースサインを掲げる二人の人物の黒いシルエットがあった。 彼らは来島音弥、友禅楽。アルビレオのメンバーだ。後ろを向いている上に影で顔も見えないはずなのに、二人の立ち姿は凛々しく、人目を惹く華やかさがある。その二人の腰辺りに白い筆記体でタイトルがアーティスト名とともに印字されていた。
以上である。
もう一度言おう。
彼らは、6人組アイドルグループである。
番組収録本番まで一時間前、テレビ局の楽屋でテーブルの上に置かれたそのCDを、4人の青年が囲んで見下ろしていた。
「なんじゃこりゃー!」
アルビレオのメンバーの一人・武山夏純は荒ぶる気持ちを全面に押し出して叫んだ。
「ついにジャケットにも載せてくれなくなったか……」
同じくメンバーの伊東春樹は、諦観を含んだ笑みを浮かべて嘆息する。
「どういうことだよ、これは!」
「俺に訊かれても知るか! とりあえず落ち着け!」
怒りに任せて胸ぐらを掴む夏純を春樹はなんとか諭そうと腕をほどきにかかる。
その隣で未だ呆然と立ち尽くしている一番小柄なメンバーは、安田冬彦。この世のどん底に突き落とされたかのように悲痛な表情でただCDジャケットを見続けていた。
もう一人のメンバー・国美秋人は我関せずという感じで椅子に腰掛けて、スマートフォンをいじり出した。そして、それを目の前のCDに向け、パシャリとシャッターを切る。
「秋人、何やってんだよ?」
「……幽霊じゃない」
画面を見ながらぽそりと呟いた秋人に対して、他の三人は不思議そうな顔を向ける。秋人は顔を上げて、一同に呟いた。
「俺ら、いるよ」
「「「え?」」」
「これ」
そう言って秋人は音弥と楽のシルエットの頭上を指差す。
そこにはうっすらとオレンジに透けて、4つの伸びた腕とピースサインが映っていた。それぞれは線が細かったり、骨張っていたりして、全部が違う人物の手であることが見受けられる。
他の三人は絶句しながら4つの手を見やって、自分の手がどれなのかがわかってしまって、いっそう愕然とする。右から春樹、夏純、秋人、冬彦。一瞬の沈黙の後、三人は驚きのハーモニーを部屋中に響かせた。
「「「えーーー!!!」」」
6人組男性アイドルグループ・アルビレオ。一年前、大手芸能事務所『スパークル』からデビューし、現在人気急上昇中のアイドルグループ。だがその実態は、ダブルセンター・音弥と楽、その他は二人の人気を押し上げるための引き立て役。いわば二人のバックダンサーのようなものだった。彼らが目立つこと、ましてやセンターに立つことは今のままでは、きっとできない。
これは、アイドルなのに底辺に落ちてしまった4人の青年がスポットライトの差す場所まで必死で駆け上がっていく笑いあり涙ありの成長譚である。
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