Yellow

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 黄色い絵の具をキャンバスの上に塗り落とした。からしのように発色のいいべたつきを含んだ色はすでにそこにあった茶色い絵の具には溶け込まず、端だけマスタードのような深みのある黄色へと変貌していた。  油絵を描くのは初めてだからどうもその感覚に慣れない。いつも使っている水彩絵の具のように色同士が溶け合うことはなく、個々で主張してなかなか他色と交わろうとしない。だが、乾いた筆で優しく撫でると、素直に従ってくれる。まるで自分のようだと思った。少しの愛着と嫌悪を持って、再び筆を落とす。  絵の具は筆の動きに従ってにゅうと伸び、一枚の花びらを描いた。続けてその花びらを雄しべと雌しべの集合体を囲うように描いていく。一本のひまわりがキャンバスの上で花咲いた。  一息ついてまだ新しいパレットの上に筆を置いた。傍に置いてあったグレープフルーツジュースを一口飲み干し、少しのだるさを感じながらキャンバスから離れて、全体を観察する。  真っ白なキャンバスの中、ひまわりだけが浮き出て見えた。主役なはずの新郎新婦はうっすらと鉛筆で、消しゴムでひと掻きしたら消えてしまいそうに儚い線で描かれている。ウェディングドレスを着た真依姉ちゃんは、顎を上げて幸せそうに笑っていた。真依姉ちゃんが笑う時の癖。明るく笑うその姿は見慣れた安心感がある。無邪気に伸ばされたその手が握っているのは、白いタキシードを着ている新郎の手だった。だが、それを描く線は自信なさげに小さく揺れている。落ち着いた微笑みをたたえているはずのその人は、ゆがんだ線のせいで少し不機嫌に見えた。  またひとつため息をついて、パレットの横に置かれた写真の束を手に取り、パラパラと捲った。教会の前で腕を組む真依姉ちゃんとあの人、抱き合っておでこを寄せ合う真依姉ちゃんとあの人、絵のように手をつないで歩いている真依姉ちゃんとあの人。  なんで真依姉ちゃんの隣にいるのは僕じゃないんだろう。  もう一度キャンバスを見た。ひまわりに囲まれて、真依姉ちゃんは幸せそうに笑っている。なんで僕はこんな絵を描いているのだろう。さっき飲んだジュースの酸っぱくてほろ苦い後味がまだ口の中に広がっていた。
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