彼女の素顔

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 ある日の休み時間。なんだか彼女の様子がいつもと違う気がした。皆は気づいてないようで、いつも通り雑談を交わして笑いあっている。しかし、私には彼女がなんとなくぼんやりしているように見えた。誰かから話しかけられると笑顔で応え、楽しそうにしているが、少しだけ無理をしているような。  そんなことを考えていると、突然彼女がくるりと私の方を向いた。 「あ、深雪ちゃん! 委員会の仕事、今日の放課後だよね?」 「う、うん。そうだよ。今日で大丈夫?」 「平気だよー。じゃあ放課後ね!」  確信が持てなくて、それにどう切り出したらいいか分からなくて、結局私は読書に戻った。  それから一頁もめくらないまま、昼休みが終わった。  放課後。私達二人以外に誰もいない教室で、それぞれ「保健室だより」の記事を書く。内容はこの前決めてあったので、相談することもあまりない。  書きながら、ちらりと彼女を見る。ぼんやりと窓の外を見て、何か考え事をしているようだった。 やはり何かあったのだろうか。 「ねえ、陽菜ちゃん」 「……。あ、ごめん。なにー?」  はっとしたような表情を見せてから、慌てて笑顔をつくる。  なんと言おうかずっと迷っていた。でも、このまま放っておくことだけは出来なかった。 「何かあったの? 今日、ずっとぼんやりしてる」 「――大丈夫だよ。なんでもない。平気平気」  一瞬の間の後そう言って笑ってみせた彼女の表情にはいつもの朗らかさがなく、何か辛いことがあったんだと私は確信し、また同時に、誰にも心配をかけまいといつも通り周囲を笑わせていた彼女がどうしようもなく愛おしくなって、衝動的に彼女の手を握り、もう片方の手を彼女の背中にまわしていた。 「深雪ちゃん……?」  驚いたように彼女が言う。 「……私の前でまで、無理して笑わなくていいよ」 「だから、そんな顔しないで。……私じゃ大して役にたてないけど。でも、はけ口になることくらいはできると思うから」 自分でも何をしているのかよく分からなかった。ただ、これ以上無理をしている彼女を見たくなかった。ずっと見ていた私は彼女の変化に気づけたから。少しでも楽になって欲しくて。それだけだった。 「――うん。」  彼女は一言だけつぶやくと、私の背にそっと手をまわし、肩に顔をうずめた。  ぎゅっと掴むのではなく、ほんの少しだけ私のブラウスに触れる彼女の手が、肩をくすぐる彼女の髪が、微かに震えていて、私はそっと彼女を抱きしめた。  しばらくしてから、彼女がつと顔を上げた。 「……ありがと。なんからしくないことしちゃった。……でもなんでかな。ああ、深雪ちゃんなら、受け入れてくれるなって気がしたんだ」 「この記事書かなきゃね。これ終わったらお礼するよ! 何が良い?」 「いいよ、そんなお礼なんて。なにもしてないし」  私なら受け入れてくれる気がした――その言葉だけで十分すぎるくらいだった。でも。せっかくお礼してくれるというのなら。 「じゃあ、ひとつだけお願い」 「なに?」 「今日二人で帰ろう? ちょっとだけ寄り道したいとこがあって。付き合って欲しいの」  そう言うと、彼女は少し驚いた顔をしてから、そんなことでいいの、と言って笑った。  いつも通りの彼女の笑顔だ。  二人で出かけられることも楽しみだが、なによりも普段の彼女に戻ったことが、嬉しかった。
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