酒瓶を抱いて

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 ここ二年ほど、北方謙三氏の小説ばかりを読んでいる。昔から文章の偏食が激しく、いろんな作家に手を出すよりも、気に入った作家の作品を買う方が自分には合っているのだと思う。どうせ買うのなら、最後まで読み切れるものを買いたい。  さて、氏のある小説に、ウイスキーの酒瓶を抱きながら眠る男が登場する。ストレートのままチビチビと飲み続け、いつの間にか眠りに落ちてしまうのだ。  酒飲みとしては共感できなくもないが、そこまで溺れるように飲もうとは思わない。  私の晩酌なんて、夕食後に水で薄めたウイスキーを三杯ほど飲むくらいで、それから洗い物を済ませて眠る。酒と眠りの間に、自分なりの境界線は設けているつもりだ。  ただ一度だけ、私も酒瓶を抱きながら眠ってしまったことがある。一昨年の夏、実家に帰省していたときのことだ。その日、うだるような暑さの中、愛犬が亡くなった。十六歳の老犬で、いつ別れの日が訪れてもおかしくはないと思っていた。しかし、私が戻るのを待っていたかのようなタイミングである。  胸の中から大切な部分を抉り取られた気分。両親が涙を流しながら愛犬を葬る後ろで、私は呆然と突っ立っているしかできなかった。  その晩、私は父と祖父と共に酒を飲んだ。祖父母が食事に来ることが前から決まっていて、それをずらすことを私が断った。ビールと日本酒。それにワインだったか。どれくらい飲んだかは覚えていないが、そのときの私に悲しみはなかった。愛犬のことは考えないようにしていたのかもしれない。  さて、祖父母が帰った後のことである。両親が家に入ってから、私は酔いを抱えるようにしながら、愛犬の眠る墓に行った。墓といっても、庭の隅のような場所だ。墓の前でしゃがみ込み、それから、愛犬の名前を呼ぶ。他に何を喋っただろう。何かを謝っていたことは、なんとなく覚えている。気づくと、泣いていた。耳に聞こえてくる嗚咽で、自分が泣いていることに気づいた。
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