酒瓶を抱いて

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 しばらくして、母がやって来た。一度、家の中に連れ戻される。  自分でもよく分からないのだが、それからまた家を抜け出し、墓に行った。手には三分の一ほど残っているウイスキーのポケット瓶を持っていた。墓の前に腰を下ろし、ウイスキーを舐める。普段はストレートで飲むことなんてしない。複雑な苦みと辛さで舌と喉を痛めつけることが、私の心を責め、そして救ってくれたように思える。  すぐに、私の耳に嗚咽が返ってくる。それからは外聞も気にせず、泣きわめいた。二十歳を過ぎた男が、大声で泣きわめく。なんとみっともない姿だっただろうか。  やがて、呆れた父に抱きかかえられるようにして家に連れ戻された。後で聞かされたことだが、私は酔いつぶれ、空になった酒瓶を抱きながら眠っていたらしい。  酒を飲めるようになって四年。その間に、酒瓶を抱きながら眠ったのはこのときだけである。  傷。そうではない。愛犬の死によって私の心に生じたのは、穴に似た欠落である。それを埋めるために、私は酒を飲んだのだろうし、今でも飲み続けている。パテを注入するように、私は心に酒を注ぐ。  心の欠けた部分を何で埋めるかは、人それぞれだろう。私は酒に、その役割を担ってもらっている。そんなところが、北方謙三氏の小説を好む原因にもなっているのだろうか。
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