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舞台は面白かった。
カットをかけられない緊迫感、間違えられないギリギリ感、ハプニングが起きた後の役者同士の助け合い、どれもこれも役者冥利につきる楽しさ。
いつしか私は主役が当たり前になり、私の名前で客が呼べるくらいになった。
仕事の忙しさにかまけて、つき合っていた彼女とはだんだん疎遠になってしまい、恋人関係は自然消滅してしまった。
それのせいとは言わないが、意外にも心のすき間があったらしい。地方地方の歓楽街で派手にばか騒ぎするのが、だんだん当たり前になってきていた。
そしてある日の、とある地方でそれは起こった。
「すいませーん、一緒に写真撮っていいですかー」
夜の歓楽街で、独り一杯をひっかけたあと、今夜は何処にしようかとぶらぶらしているときに、五人くらいの女性グループに話しかけられた。
私は変装とかしないから、こういう事はよくある。
疎遠になったが、師匠からもファンは大切にしろと教えられていたので、ほぼ全部の要求に対応していた。もちろんこの日もだ。
「いいですよ、どうぞこちらに」
カシャッ
一人目とやり慣れた横並びのツーショットを撮ってもらうと、握手をしてバイバイする。いつもの流れだ。
しかし、この日は違った。
「う~ん、なんか面白くないわねぇ。もう少し構図にこだわってみたいな」
「あ、じゃ、今度はあたしだから、ちょっと変わった構図で撮りたい。ね、いいでしょ」
意外な申し出に私は戸惑ったが、少し酔っているのも手伝って、つきあうことにした。
「うんとね、背中合わせで立って背中越しに会話している構図」
「おお、いいね。どうですか」
「面白そうだね、こんな感じかな」
カシャッ
「きゃあー、なんかホントにつきあっているみたい、さすが役者だわぁ」
「次あたし、両手繋いで二人でハートの形作るやつ」
「ハート? どうやるの?」
「こうです、こう」
カシャッ
「いいねぇ、ラブラブみたい」
「おいおい、思い出で留まってくれよ」
「わかってますよぉ、次はどう撮るぅ」
「うんとね~」
このイメージスナップは一巡で終わらず、たしか三巡くらいしたと思う。だんだんエスカレートして、その中のひとつがこの写真、逃げまとう女を襲う というシチュエーションで撮ったのもだ。
撮影会を終えて楽しかったのか、別れたあとその晩は結局まっすぐホテルに帰って寝た。
二日後に地獄が待っているのも知らずに、私は呑気にも気持ちよく寝たのだ。
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