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その晩、連日の残業で疲れが出たか、美羽はベッドに入るなり珍しくすうっと眠りに落ちた。
そして、次に目を開けた時には、真昼間の街中にいたのだ。
「えっ?」
目の前には大きな道路。最近ではほとんど見かけない路面電車が走っている。道路沿いには看板を掲げた店が立ち並び、雑居ビルもチラホラと見える。ごく普通の街の風景だが、何か違和感がある。走る車も、店も、通りを行き交う人々も何かが違う。そして、スエットで寝ていたはずの自分も、今は祖母に会った時の青いAラインワンピース姿だ。
「やけにリアルな夢だなぁ」
これを夢だと決めつけた美羽は、きょろきょろしながら呑気に街を歩く。そうして違和感の正体に何となく気付いた。
古めかしいのだ、何もかもが。
人々のファッション、店の看板の文字、車の形。高層ビルがあってもよさそうだが、そんなに高い建物は一つもない。
自分がいる場所がどこなのか確かめたくて、美羽はさらに辺りをせわしなく見回し――真正面から思い切り何かにぶつかった。
「わっ!」
「いったぁ!」
右前頭部を押さえて前を見ると、同じように頭を押さえている女性の姿が目に入る。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「痛いじゃないの。ちゃんと前を見なさいよね」
頭をあげて美羽に詰め寄った女性を見て、美羽はおやと思った。
髪の毛をハーフアップにして、勝気そうな表情を見せるこの女性に見覚えがあった。
あの写真の人だ――というか。
美羽はその女性の顔をまじまじと見る。
女性の口元のホクロ。祖母にも同じ箇所にホクロがある。それに、面影があるとは言えないが、この気の強い態度には既視感がある。
写真を見た時はよく分からなかったが、これは祖母ではないか?
「何なの? 人の顔をじろじろ見て」
女性はムッとして美羽を睨みつける。
「あ、えっと……ごめんなさい。あの……田原美代子さんですか?」
女性は目を丸くして、それから警戒するような顔つきになる。
「……違うわ。私は石田美代子だけど……」
「あっ……」
「あなた、私が田原さんと結婚するの知ってるの?何者?」
「えっ? あぁ、いや……」
なんと、未来の伴侶とはこれから結婚という局面だったのか。美羽はこの場をうまく誤魔化す言葉が思いつかず、口ごもった。
「……もしかして、田原さんの恋人? あの人、何だか派手そうに見えたものね。そうなんでしょ?」
「えっ!? 違う違う!そうじゃなくて私はあなたの……! ねえ!お茶!しませんか?」
「はぁ?」
「わ、私上京したばかりで友達がいなくて……。もしよかったら」
「……変な化粧品を売りつけようったってそうはいかないわよ。言っとくけど、私貧乏だから」
美代子は牽制するように美羽を睨みつける。
「変な押し売りとかじゃありませんから。じゃあ、ねっ!決まり!」
こんなに若くて快活な祖母を見るのは新鮮だった。美羽の知る祖母は、いつでも難しい顔をして、美羽に厳しかった。美羽の母は働いていたから、物心つく前から美羽は祖母に預けられ、まだ未就学児なのに、面白くもない児童文学の本をたくさん読まされた。どこの家庭も、おばあちゃんというのはもっと優しく甘えさせてくれる存在だったから、美羽にとっては祖母の存在そのものが、どこかタブーのようなものだった。
そんな気難しい祖母だから、さぞかし若い頃も偏屈な女性だったのだろうと思いきや、実物は想像とはだいぶ違った。そして興味を持った。
だからつい、お茶に誘ってしまったのだ。
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