落書き

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 それを見つけたのはとある廃墟でのことだった。  俺と同じ廃墟マニアのAさんは地元でもまだそれほど知られていないとある廃墟の中を探索していた。その廃墟というのはあまり詳しくはいえないが、ちょっとした大きさの建物で探索するにしても真面目に探索すると半日はかかりそうなくらい大きなものだった。  ところで俺とAさんは廃墟マニアという仲間ではあるが、廃墟探索の経験はAさんが遥かに上で、全国でも有名なところは殆ど網羅したと豪語しているくらいのすごい人だった。Aさんとの出会いはたまたま廃墟の探索中に出くわしたことがキッカケで、話してみるととても気さくな方で色んな廃墟や廃道のことを知っていたこともあって俺たちはすぐに仲良くなった。Aさんは俺よりも何歳も年上でその上経験豊富ということから俺は密かに友人というより廃墟探索の師匠みたいに思っていた。そんなことをAさんに話したら「そんな大それたもんじゃない」と苦笑いしていた。  俺とAさんがその廃墟を見つけたのは、俺たちが別の廃墟を探索しに行く道中車で走っていると、偶然見つけたものだった。その日は別の廃墟を見に行く予定だったが、なぜかその偶然見つけた廃墟に導かれるように俺たちは吸い込まれるように入っていった。  その建物は結構な年月が過ぎていて、けれど殆ど人が入っていないのか落書きがほとんどない、廃墟に対して使う言葉ではないがかなりの優良物件だった。ただ前述した通り結構な大きさの建物のためその日の装備だけでは心許無く、軽く偵察くらいの感じで見回ってまた次の日に来ることにしてそこを後にした。  そして今回準備をしっかり整えて再びその廃墟の中を探索することになった。前回は軽く見回った程度だったのでその廃墟の全貌というものがわからなかったが、見れば見るほど美しいという言葉がぴったりくるような場所だった。もちろんここでいう美しいというのは綺麗とかそういったものではなく、壊れて行く様、儚さといった美しさを指している。そう思っていたのはどうやら俺だけじゃないらしく、色んな廃墟を巡ってきたAさんですら驚くくらいその廃墟は整っていた。  ひとしきり巡って久しぶりにいいところに巡り会えたと喜ぶAさん。しかし、それもあることがキッカケで色を失うことになった。  建物のある場所にそれはあった。落書きだった。ただその落書きというのが妙で、一般的に落書きと聞くと「〇〇参上!」の様なものやいわゆる落書きアートと呼ばれるようなイラストだったりするが、俺たちが見つけたものは黒いスプレーで書かれた人の名前だった。きっとこの場所に訪れた最初の人物ということを残したかったのか、壁には三人の名前が上から連なるように書かれていた。  廃墟を訪れる人の中には自分が訪れたことを何らかの形で残す人がたまにいる。それは落書きであったり、シールであったり、また別のなにかだったりと様々だ。そんな風に自分が訪れたことを残したいという気持ちはわからないでもないが、やはり見ていて気持ちの良いものじゃなかった。それはAさんも同じだったようで、せっかく見つけた自分だけの宝物が誰かの手によって汚された、そう思っていたのかもしれない。だからその後すぐに興味を失った様に探索を切り上げるとそこからは家路に着くまで無言だった。
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