落書き

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 その廃墟を探索して一ヶ月後、Aさんの訃報を知った。  Aさんが亡くなったと教えてくれたのはAさんを通じて知り合った同じ廃墟仲間のBさんで、久しぶりにAさんと一緒に廃墟探索に行こうと連絡したところAさんの訃報を家族から聞かされたそうだ。俺はというと、Aさんの連絡先を知ってはいたものの、Aさんの家族とは知り合いというわけではなかったから俺のところにAさんが亡くなった知らせは届かなかった。元々Aさん自体人付き合いが濃いほうじゃないらしく、Bさんが Aさんの訃報を知ったのもBさんが連絡したから知ることができたという。その頃は仕事が忙しくなっていたこともあって、Aさんに連絡をとることが出来なかった。もし仕事が忙しくなかったらもっと早くAさんの訃報を知ることが出来たのにと悔やむこともあった。  ただあれほど元気だったAさんがどうして亡くなったのか、それがとても気になった。Bさんによると事故や自殺なんかではなく、朝家族が起きてこないAさんの様子を見にいくと、すでにベッドの上で冷たくなっていたということから、病死と結論付けられたということらしい。  なんにせよAさんの訃報を知ってからというもの、Aさんと出会ってから色んな廃墟に連れて行ってもらって、色んな話を教えてくれたことを振り返っていた。もっと色んなことを知りたかったのにそれがもう叶わないと思うと悲しくもあった。  そこで俺は最期にAさんが亡くなる前に探索したあの廃墟へと行くことにした。前はAさんと行ったあの廃墟も一人で行くとただでさえ広いのに、それが途方もなく感じた。  廃墟の中を巡りながらAさんと話した内容を思い出していた。つい一ヶ月前のことのはずなのにずいぶん前のように感じた。  奥へ進んでいくとあの落書きのある場所へと辿り着いた。他には一切の落書きがないのに、どうしてかこの場所にだけある落書き。以前は三人の名前しか書かれていなかったそこに四人目の名前が書かれていた。それもその名前は俺がよく知る人の名前だった。  そこにあったのはAさんの名前だった。  俺は絶句した。  一瞬、Aさんがここに来て自分の名前を書いたのだろうと思った。しかし日頃廃墟に描かれている落書きに対していい印象を持っていなかったAさんに限ってそれはないと思い直す。じゃあ他の誰かがAさんの名前を書いたのか? とも思ったけど、少なくともAさんがここに来たことを知ってるのは俺だけのはずだ。違う日に他の誰かと来たんだったら話は別だろうけど、どちらにしてもAさんが落書きを許すはずがない。だったらなんで? と考えをさらに巡らせてみるが、その答えが導き出されることはなかった。  いずれにせよ、誰かのイタズラにしても亡くなった人の、それもAさんの名前がこんな風に書かれていることに俺は腹が立った。そこでこの落書きを消すために後日またここに来ることにした。  そして今俺の目の前には五人目の名前が書かれていた。  Aさんの名前の下に連なるように書かれていたのは──俺の名前だった。  と、ここまでお聞きいただいたわけなんだが、実はこの話はここで終わっている。というのもこの話を教えてくれた方が言うにはその話の中に出てくる「俺」さんにこの話を聞いてから連絡が取れなくなってしまったそうだ。元々忙しい人だから単に仕事が忙しいだけなんだと思うとおっしゃっていたが、その後どうなったのかはよくわからないそうだ。  ちなみにその話を教えてくれたというのが話の中に出てきたBさんで、Bさんが言うにはその話の中に出てきた廃墟というのが気になったので探しに行ってみたそうだ。場所については「俺」さんから聞いていたそうなのでたどり着くことが出来た。……出来たのだけれど、その場所には最初からなんにもなかったそうだ。何かがあったと跡すらないという。  二人が訪れたという場所、そこは本当にただの廃墟だったのだろうか? 
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