祖母の家で……

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「なぁ開けてみようぜ」  子供の興味というのはすぐに移り変わるもので、突然現れた面白そうな物に、従兄弟と友人の興味は部屋から出ることよりも三面鏡の中を見ることに目的が変化した。  三面鏡を開くと中の鏡も外面と同じく曇りひとつない綺麗なものだったそうだ。  だがそこに映ったのは友人と、従兄弟、そしてもう一人知らない女の子の姿だった。 「「うわあぁぁぁぁ!」」  それには二人も驚いたようで声を出してはいけないと気をつけていたはずなのに、つい大声を上げてしまった。すると直後に襖の向こうから「何やっとるかそこで!」と、いつも温和な祖母の怒声が響いた。  しばらくして外の鍵が開けられ襖が開くと、今まで見たことのないほど怒りを露わにした祖母が友人たち頬を思い切り張り飛ばした。というのも、友人たちが天井裏に入ったすぐ後で物置部屋にいた見張り役は大人組に見つかり、それはすぐに祖母の耳にも入った。祖母は友人たちがあの閉ざされた部屋の中に入ったと知るや否や血相を変えて部屋を飛び出していった。そこに友人たちが部屋の中で大声を上げたことで只事ではないと感じた祖母は今まで開けることのなかった部屋の鍵を開けたそうだ。  それから今日その家にいた全員が一室に集められ、どうしてあの部屋が入ってはいけない部屋なのか聞かされた。  あの鍵のかかった部屋というのは現代でいう隔離部屋で昔の言葉なら座敷牢といったところらしい。そもそもどうしてそんな部屋があるのかというと、祖母の兄弟姉妹にはあまりいい言い方ではないが、障がいのある子がいたそうだ。今ならそれらも受け入れられる世の中にはなっているが、当時のそれも田舎の方では障がいを持った子を持つ家というのは厄介ごとを抱える家とされていたため、そういった子は極力面に出さないようにしていたそうだ。その子のために用意されたのがこの部屋。  人目につきにくい家の中にある閉ざされた部屋。その部屋の中で祖母の妹は暮らしていたそうだ。一応食事は与えられるものの、存在していないものとして扱われていたため最低限の物しか用意されず、当然育ちも良くなかった。それでも祖母はその子のことを気にかけていた。けれど時代が時代だった故か、その子は長生きしなかった。それっきりその部屋は使われることはなくなり、いつしか鍵をして誰も入ることができないように封印してしまった。部屋の中にあった三面鏡と和服を着た人形は祖母がその亡くなってしまった子のためにと用意した物だった。  親世代も入ってはいけない部屋ということだけしか聞かされていなかったため、まさかそんなことがあったとは知らず、今さらながら戸惑っていた人もいた。ただ今回あの部屋に入ってしまったことは自分がちゃんと説明していなかったからと責任は自分にあると祖母は友人たちを殴ってしまったことを泣いて謝っていた。それを見て友人たちもしてはいけないことをしてしまったと子供ながらに感じたそうだ。  それからその部屋の供養をしてから、最終的には祖母は長男の家で同居することになり田舎のその家は取り壊されることになった。三面鏡と人形はその際に燃やしてしまい、その亡くなった妹は先祖の墓には入れることが出来なかったため、改めてその子のお墓を用意してその灰を納めたそうだ。  最後に祖母が亡くなる直前に友人たちに告げたのは「どうか私が死んだらあの子と同じ墓に入れてほしい」という言葉だった。友人たちはその言葉を受け祖母の願い通りその墓に祖母の遺骨を納めたらしい。  人の家というのはその人の心情を表しているという。友人の祖母の家にあった封印された部屋ももしかしたら、人として生まれながら人として生きることが出来なかった妹に対する想いがあってのことだったのかもしれない。
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