いる。

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 なんだ。行ってらっしゃいの挨拶でもしてくれてもいいのにと思ったけどそれより今はご飯を食べることが優先だった。昼の時間で日曜日ともなればどこもかしこも混雑するに決まっている。そうなったらお腹を空かせたままでどれくらい待たないといけないのか。今あったことも忘れわたしは家を出た。  車に乗って少し走ったところで渋滞にハマった。もう少し早く出てたらよかったとシートのヘッドレストに頭を預ける。そういえば猫のエサもうなかったっけ。爪研ぎもなかったし、ついでに買ってこうか。──そこまで思ってわたしはふと気づいた。  いやちょっと待って。ウチの猫はつい先日死んだはずだ。それは両親も見てたしわたしもあの子の最後をこの目で確認した。それでこの間三人で爪研ぎやおもちゃなんかを処分したんだ。今までなんで忘れてたんだろう。  大事な家族がいなくなったことを忘れていたことにわたしは自分に怒りを感じた。それと同時にあることにも気づいた。  ……じゃあさっきの足音ってなに? あの影ってなに?  急にわたしの中が冷えていく。さっきまでの空腹感もすっかり消えて無くなっていた。なにも食べていないのに胃液が迫り上がってくる気がして、近くのコンビニの駐車場に車を停めた。  もう一度思い直してみよう。家にはわたししかいなかった。両親の靴も車もなかったからいないのは確か。でも階段を降りるあの音は間違いなく聞いた。影も見た。ウチに猫は今はいない。でももしかしたらまだあの子が家の中にいるのかもしれない。  わたしの中に恐怖と感動がごちゃ混ぜになっていた。  死んだ猫にもう一度会いたいという気持ちと、猫とはいえ幽霊に出くわすのはちょっと……という思いだ。  ま、まぁ元は長い間一緒に暮らした家族だし、怖がるのは良くないよねということで、あの子が生前好きだった猫缶を一つ買って家に着いた。  家のカーポートには車はなかった。両親はまだ帰ってきてないみたいだった。……わたし一人かぁ。  時間を稼ぐような仕草でゆっくりと家の鍵を開ける。猫が生きていたときは玄関の前にちょこんと座って出迎えてくれたりした。それが嬉しかったけど今はいたらどうしよう……という気持ちになっていた。  玄関のドアの隙間から中を覗き込む。いない。当たり前だけど誰もわたしを出迎えてくれはしなかった。  ホッとしたような、けれどちょっとガッカリしながら「ただいまー」と呼びかける。もちろんこれにも帰ってくる声はない。  やっぱりなにもなかったことに安心しきったのか、わたしは履いていたスニーカーを適当に脱ぎ捨てると、まだ温かい牛丼並盛り弁当と猫缶の入った袋を持って二階の自分の部屋へと戻った。  やや遅めの昼食を取りながら牛丼の容器の横に並べられた猫缶を眺めていた。  勢いで買ってきてしまったけどこれどうしようか。  まさかわたしが食べるわけにもいかないし、捨てるものもったいない気もする。かといってそのままってわけにも、答えの出ない結論をつらづら考えていると、部屋の外からペタ、ペタ、と聞こえた。  なに今の音──!?   わたしの中に緊張が走る。  ペタ、ペタ、ペタ、ペタ。  カリ、カリ、カリ。  なにかが部屋のドアを引っ掻いている。そういえばあの子も部屋の中に入れて欲しいときはこんな風に部屋のドアを引っ掻いていたっけ。……でももういない。なのにドアの向こうから聞こえてくる爪で引っ掻くような音。 「ねぇそこにいるの?」  思わずわたしはその音に声をかけた。もしあの子だったらなにかしら反応してくれるかもしれない、そう思ってのことだった。  でも違った。
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