ゾンビ

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 これはある男性が学生時代に体験したお話。その男性が大学生の頃にバイトで働いていた居酒屋での出来事で、その店が学生街にあったこともあり御多分に洩れず、連日大忙しだったそうだ。学生業とバイトの両立はなかなか大変だったと話していたが、あれは若かったからこそ出来たことで、今同じことが出来るかと尋ねられたらどんなに給料が良くても無理だろうと苦笑いしていた。  さてそんな連日大忙しの店にいわゆる神と呼ばれる人がいたそうだ。その人の名前は田中さん(仮名)といって、この話をしてくれた男性より十歳くらい年上の男性だったそうだ。田中さんはその店で働いて長いらしく、店のことを全て熟知していた。田中さんはどんな時でも笑顔で対応してくれて、そこで働くバイト達から絶大な信頼と尊敬を受けていたそうだ。  ただ田中さんが神と呼ばれる理由はそれだけでなく、田中さんは自分のシフトがお休みの時でも店が忙しければ必ず出勤してくれる、シフトが急用で変更になった際もフォローしてくれる、そんなこともあって店では田中さんは神と呼ばれていた。しかし、これは言い換えれば都合のいい人でしかなく、良いように使われているだけだろうと思われるかもしれない。それは田中さんもわかっていたそうで、それでも誰かが困ってるなら助けになりたいということで、いつもそれを引き受けていたとか。  そんな田中さんを男性は尊敬していて、もちろん同じように思っているバイト仲間は他にもいた。たまに文句ひとつ言わない田中さんをアゴでこき使おうとする調子づいた輩が痛そうなのだが、そう言った人に対しては男性や他のバイトが盾となって田中さんを守っていたそうだ。なのでそういった人はすぐにいなくなっていたのだが、新しくやってきた居酒屋の店長というのが厄介だった。  居酒屋の店長は田中さんより年上だが、キャリアは田中さんのほうが長くスタッフからの信頼も田中さんのほうが上で、誰からも頼られていた田中さんを疎ましく思っていた。そこで店長は田中さんに無茶な注文をすることを思いついた。例えば前日夜遅くまでのシフトがあった次の日に朝から晩までのシフト(店はランチ営業もしていたそう)を入れたり、月に一日くらいしか休みをとらせなかったり、夜遅くに電話をかけたりと嫌がらせはエスカレートしていていった。  いつも田中さんの味方をしていたバイト仲間たちも流石に店長が相手だと分が悪いと思ったのか、次第に店を辞めてしまう者や、何をされても店長の言いなりになっている田中さんに反感を抱いたりするようになった。  それでも田中さんに助けてもらったことがある数人は田中さんの為に店長に嫌がらせを止めるよう説得したが、次の日にはシフトからその人の名前が消されていた。そういったことから段々と田中さんに関わろうとする人もいなくなってしまった。  もちろんそれは男性も同じだったようで、心の中ではなにも言い返さない、抵抗しない田中さんに苛立ちを感じていた。そんなこともあり男性は学校からも家からも近く、時給もそこそこでスタッフ間の仲も良かったが、その居酒屋を辞める決断をした。  正直なところ店長にバイトを辞める話をした際に少しは引き止めてもらえるかと思っていたそうだが、店長からは「あっそ。でいつ辞めんの?」と言われ、その瞬間その店に対して未練も何もかも無くなったと言っていた。  ただシフトのことや次のバイト先のこともあったのですぐに辞めるわけにもいかず、とりあえず一ヶ月後に辞めることを伝え、その日はシフトに入ったそうだ。
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