ゾンビ

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 その日は男性と同じようにバイトを辞めることを伝えにきた人が他にもいたそうで、その中には店長のお気に入りの子もいたとかで、流石に店長は彼女を引き止めたが、田中さんへの扱いが酷いことを理由に出されると、それ以上反論はされなかったとか。  しかしそのことがきっかけで店長の田中さんに対する態度はますます酷くなり、取り返しのつかないところまで来ていた。今までは暴言を吐くところで収まっていたのが次第に暴力を振るわれることになった。それも店長本人は一切手を出さず、店長の取り巻きが代わりに田中さんへの暴行を行なっていた。そこまでされたら普通なら抵抗したりするものだが、それでも田中さんはただ笑っていたそうだ。  男性が居酒屋を辞める一週間前のこと、その日は田中さんが休みの日だった。その日はどうしてもシフトに出ることが出来ないということで、もう何日も前から店に話してあったことで、それはスタッフ全員が知っていた。なのに店長は田中さんを呼びつけた。  その日は田中さんがいないからということもあり、いつもよりシフトは多めに入れていたそうなのだが、それでも嫌がらせがしたい店長は田中さんに電話をかけていた。しかし何度かけてもつながらなかったのか、回数を増やすごとに店長の機嫌も悪くなっていった。そのせいで普段はバイトに当たることはないのに、田中さんがいないからという理由でそのとばっちりが男性たちに飛んできて、そのことからどうしてアイツ休んでんだよ! というマイナスな空気が店全体に広がった。  次の日、田中さんは自分が休んだことで店長から説教を食らい、さらに店のスタッフからも無視されるようになった。  田中さんは孤立した。  男性はそんな田中さんを不憫に思いはしたが、もう辞める店だしなにも言い返さないあの人が悪いと開き直っていた。  そして男性が店を辞める日のこと。その日のシフトは田中さんが夜からの予定だったが、朝から機嫌の悪い店長が田中さんを呼びつけた。しかし一週間前と同様に電話はつながらなかった。いつもなら2コールくらいで出るそうなのだが、それが何度かけ直してもつながらない。店長の機嫌は悪くなるばかり。店の中もアイツ(田中さん)電話に出ろよ……という空気になっていた。  それから二時間くらい経った頃、田中さんが店に現れた。店長は田中さんの顔を見るなり罵声を浴びせていた。いつもなら「すいません、すいません」とペコペコする田中さんだったが、その日は様子が違っていた。どうにも顔色が悪く、立っているのがやっとといった感じだった。  さすがにいつもと違う様子に店長も戸惑っていたが、振り上げた拳を下ろすことは出来なかったらしく、二、三言暴言を投げつけると、奥の事務所へ引っ込んでいった。  心配になった男性は田中さんに「あの、大丈夫っすか?」と尋ねると、顔色は悪いながらもいつものように笑って見せたそうだ。  その次の日、田中さんは遺体で発見された。  遺体があったのは田中さんが住んでいたアパートの一室で、どうやら過労による心臓疾患が原因とのことだった。しかし理由は他にもあり、職場でのストレスも原因の一つだと考えられていた。というのも田中さんの部屋にあったノートには田中さんが受けたイジメの内容が事細かに記載されており、内容のほとんどは店長から受けたものだったが、中には他のバイトからのことも書いてあり、もちろん男性のこともほんの僅かだが書いてあったそうだ。  辛い、死にたい、仕事に行きたくない、どうして俺だけ、そんなことが数ページに渡って書かれていた。  それからしばらくしてその店は無くなってしまったそうだ。ちなみに店長が罰を受けたりとかのスカッとする展開は一切ない。ただ田中さんが亡くなったという事実だけが残った。なので今あの時の仲間がどこでどうしてるかは知らないそうだ。  ちなみにこの話のタイトルは『ゾンビ』な訳だが、その理由をお話しよう。  田中さんが発見されてわかったことだが、田中さんが亡くなったのは男性が辞める日の朝だった。田中さんの側に落ちていた携帯にはバイト先からの着信履歴も残っていたが、その時間はすでに亡くなっていたため店長からの電話に出ることが出来なかった。  ……ではなぜ田中さんはバイト先に現れたのだろうか?  その理由は今でもわからないという。
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