遺言

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 俺は父と軽く話をすると、すぐに兄と姉の話の輪に加わった。話していたことはやはり亡くなった母のことと、父のこれからのことだ。正直なところ、母は老いを感じさせないほど元気だった。だからまさかこんな急に亡くなるとは思ってなかった。詳しいことはまだよくわかっていないが、父が言うには朝起きたらすでに冷たくなっていたそうだ。これももしかしたらだけど、母が俺たちを心配させまいと自分の体の変調を隠していたのかもしれない。  母の死因に問題がないことが明らかになるとすぐに母を見送る為の準備に取りかかった。生前、母は家の子をこなしていた一方で、父の仕事のサポートもしていたらしく、かつての父の取引先の方やその奥様などが母の死を悼んで式に訪れたこともあり、予想以上の人が母を見送ることになった。これは俺たちは想像していなかったことで、より一層母の苦労が垣間見えた気がした。  そんな感じに慌ただしく時間が過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻した俺たちは、そこで母の遺品を整理することになった。母の遺品といってもそれほど物が多いわけじゃなかった。やはり外に出ることがほとんどなく、ずっと家のことを一人でこなしていたからか、宝石や装飾品の類はおろか、服も必要最低限のものしかなかった。こうして母のいた証を集めてみるとそれほど多くないことに俺たちは衝撃を受けた。でもそれは父親のせいだけでなく、俺たちのせいでもあった。  今になってもっと母に対してたくさんの恩返しをしておけば良かったと後悔する。しかしその相手はもういない。後悔先に立たずとは本当によくできた言葉だと改めて実感させられた。  遺品を片付けているとその中に手紙があった。手紙は四通あり、それぞれに〇〇宛と名前が記されていた。どうやら母が亡くなる直前に俺たちに遺した最期の言葉だった。  俺はその手紙を読むとそこには俺への感謝とこれからを生きる上で必要なこと、それとたまには自分のことを思い出してほしい、そんなことが綴られていた。それは兄と姉も同じだったようで、文面は若干違ったものの、俺と同じような内容が書かれていた。  そして父の手紙だった。父は最初、母からの手紙が照れ臭いという理由から読むのをためらっていた。でも母からの最期の言葉だからという理由と単純に手紙の内容が気になるからという下心もあった。俺たちが手紙を読むよう促すと、父もまんざらでもないらしく、でも照れ臭そうに手紙を開いた。  ──そしてその顔から笑顔が消えた。  父は口をわなわなと振るわせ目には涙を浮かべていた。俺たちはそんな様子からきっと俺たち以上のなにかが書いてあったんだろうと期待を膨らませた。父に何が書いてあったのか尋ねると、父はなにも言わずその手紙を俺たちに見せた。そこに書いてあったのはたった一言、 『死ね』  だった。
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