桜木side

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「で?できないの?」  依子に睨まれる。  声のトーンを抑えて、凄みまで効かせてくる。  できるorできないか。  実際のところ依子に存在するのはその二択ではない。  「できる」と答えると「お願いね」。  「できない」と答える、ことがまずできない。  だから最初から「できる」の一択。 「これでも一応責任は感じてるんだけど?」 「関係ないですよ」 「あら、冷たい言い方ね。それが優しさなのは知ってるけど、でもそろそろ潮時でしょ?」  潮時ね。  他人にそう言われると認めたくない気持ちが大きくなる。 「面倒ですね…」  俺の呟きに依子が造作もないといったふうにクスリと笑う。 「文句が漏れてるわよ?ねぇ、どうしてそんなにこだわるの?」 「言うわけないでしょ!」  運命の人に捨てられて10年超。  謝罪もできず、音信不通。  いきなりシャッターを降ろされ、その日から一切の交流拒否。  喧嘩と呼ぶには長すぎて、仲直りする類のことでもなく、ただ苦い、消化できない気持ちだけが残ってしまった。  もう待ってるわけじゃない。  俺は一途でも、健気でもなかったから。 「どう解釈されてもいいですけど忘れる忘れないとかじゃなく、ただ俺が勝手に思ってるだけです」 「一生?そうやって生きるの?カッコつけて?」  カッコつけてとか。  容赦ないな、この人は。 「選択肢の一つですね」  バカじゃないの?と依子は嘆息をもらす。  そんなの俺が一番わかってる。  もしもあの時に電話が鳴らなければ、置いていかなければ、もっとちゃんと話をしてればと一通りの後悔もした。  それでも何度 起点(あそこ)に立ち戻ってもきっと同じ選択をし、同じだけの時間を過ごすことになるだろうと想像がつく。  そしてそこに救いはなくても同じだけの後悔をするんだ。 「まさか…」  と、依子が呟く。 「なんです?」 「自分が仕掛けたわけじゃないわよね?」 「はぁ!?」  あっぶな!!  コーヒーを吹きそうになった。  口から漏れたコーヒーを手で拭う。 「俺をなんだと思ってるんですか!?」 「そう思ってるからそう言っただけよ」  容赦ねぇな…  依子はまだ疑っている。  目を細めて俺のことをじとーっと湿っぽく見てるし。 「そんなことするわけないでしょ?」 「ねぇ」 「はい?」 「海中水の音は試した?」 「この前の?クジラの周波数に合っちゃって逆に目が冴えましたけど」 「どこにチャンネル合わせてるのよ!不眠は下半身にも影響出るわよ?」 「だから試します?」  裏通りの方向を見る。 「とにかく時間潰しだと思って!これを最後に。ね?」  依子はテーブルに資料を滑らせ、俺に押し付けてくる。  
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