第一章

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「--聞いてるのか光矢(こうや)」  ざわついている教室の中で、その低い声はよく通って聞こえた。 いつの間にか遠くへと飛んでいた意識が現実へと引き戻される。雨で窓が閉め切られた室内の湿った空気の感触が肌に蘇るのを感じながら、落ちていた視線を上げる。  すると教室の端の一番後ろの席、俺とは前後になる自分の席に座る幼馴染で親友の隆久がいつもの無表情だが、咎めるように俺を見ていた。  太く凛々しい眉の下を流れる切れ長の瞳は力強く普段から鋭さを感じさせるが、見慣れている俺でも隆久の瞳は言葉通り射貫くような瞳だ。  鼻梁の高い鼻に、シャープな顎。健康的に日に焼けた顔立ちは精悍に整っており、黒の半袖のシャツから覗く腕は筋肉質であり、肉食獣を思わせるような野性的な雰囲気を感じさせる。一緒に過ごしてきたのに、肌も白く身体も細いだけの俺とは違いすぎる。  俺は「ああ…」と小さく声を零しながら瞬きをする。隆久との会話の途中でふと振り向いた窓の先の雨を見て昔の事を思い出し、物思いにふけってしまっていた。 「悪い。なんの話だっけ?」  思い出そうと軽く頭を捻るが、そこだけ切り取ったように思い出せない。いつも通り他愛ない話をしていた気はするんだが……。  隆久はそんな俺をじっと見透かすように見つめていたと思うと、唐突に俺の頬に触れてきた。細い俺とは違って男らしい厚い感触に羨ましくなる。俺も頑張って牛乳飲んだりしてたんだけどな。 「顔色が悪い。体調が悪いのか?」 「ん? いや、別にそんなことないけど」 「自覚がないだけだな。保健室行くか?」  力強い声で断言されると、本当に体調が悪いという自覚はないのだが隆久の言っていることの方が真実に思えてくる。事実、今まで隆久が間違っていた事はない。  だが、保健室が必要がないのも事実だった。だから返事に迷っていると、近くにいたグループの話し声が聞こえてくる。怖い話をする時の僅かな恐怖と好奇心を含んだ声でひそひそとしながらも聞こえやすい低さで、内容は全て耳に入ってきた。 「ねえ、聞いた……? この学校の二年の先輩のオメガの男子、昨日帰宅途中に暴行されてそのまま自殺したらしいよ」 「聞いた聞いた! 複数にやられたって話じゃん。やっぱさ、オメガってうちらベータと違って甘い匂いするから誘われたんじゃね? そのオメガの子を犯人のグループが目を付けたのって偶然だったんでしょ? 発情期のオメガって話だったし……暴行とかやっぱオメガってやばいわ」 さっきスマホを確認した際にネットニュースで流れた事件の話題だった。他人事とは言えない内容で嫌でも聞こえてくる会話に、どうするべきか考えようとした瞬間だった。大きな手に両耳を塞がれ、女子グループの声が途切れる。
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