第一章

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 薄く整った唇が動き”聞くな”と命じてくる。親友の意図を察し同じく唇だけを動かして”わかった”と言い、続けて”もう大丈夫だ”と告げる。  離れる両手に笑いながら、だが、無意識に首元に手をやりそうになって止める。触れようとした首には、望まぬ“番”にならない為に項を噛まれないよう身に着ける――”オメガ”の証である首輪がある。今は、タートルネックの黒いシャツによって隠されていた。  そのシャツは国が教育機関に義務付けを定めた、オメガの被害を防止する為の対策の一つだ。オメガである事が容易く見抜かれる事がないように、バース性が検査で判別される中学校から対象にバース性に関わらず生徒全員の着用が義務付けられているから今も生徒全員が身に着けている。冷感素材に加えて空調設備がある為、夏の今の季節でも暑さには困らない。  ーー全部、何故この世に必要だったのかと神様を問いただしたいくらい悪趣味で最悪な性が、男女の性とは別に存在するせいだ。  それはオメガを入れて他にアルファ。隆久はアルファだ。アルファとオメガの他にベーターがあり、三つに区分されバース性という総称で呼ばれている。人口の半分以上をベータが占め、残りの人口の内少数をピラミッドの頂点に立つ生まれながらに優秀な能力を持つアルファ、そのアルファよりも極少数で、アルファには足元にも及ばずだがベータよりも社会的地位が劣るのがオメガだ。  オメガは男でも、相手がアルファであれば子を孕む事が出来る。優秀なアルファを生めるのはオメガだと言われ希少だが、だが妊娠可能な故に定期的な発情期(ヒート)を迎えるせいで社会的地位は最悪だった。  発情期のオメガは性欲に理性を飲み込まれ、意思に関係なくオメガ特有のフェロモンを発生する。発情期のオメガは発情と繁殖(はんしょく)以外に他に何も考えられなくなり、フェロモンで強く人を惹きつけてしまうのだ。  抑制剤もあるが中には副作用もあり万能ではない。唯一その苦しみから逃れるには、アルファに項を噛まれる事で関係が成立する”番”と呼ばれる夫婦のような関係になるしかなく、オメガの社会的地位は不安定だった。性質故に軽んじられ、自殺したオメガのように性被害にも合いやすく、同じ末路を辿ったりと悲惨だった。 そんなオメガに、俺は最悪な運で当てはめられてしまったのだ。オメガは希少な上に俺の両親はベータという勝算もあったというのに。  自殺したオメガの話題をしていた女子達の会話はまだ続いていたが、聞かないように意識する。そうしなければ、俺をじっと見つめて心配をしている親友の気が落ち着かないからだ。 「俺は気にしてないよ」 「お前は他と違う。他の奴の事でお前を煩わせたくない」  同じくらい潜めた声で、だが明確な声で言う。俺に告げた同じ理由で隆久は被害者のオメガの話題で会話をしている女子を止めないでいてくれる。下手に注目を集めて万が一にも俺に被害がいかないように我慢をしてくれているのだ。  優しくて過保護な幼馴染に笑いながら、机の上にある手に自分のを重ねる。昔から隆久を落ち着かせたい時にはこうしていたからだ。 「だから大丈夫だって。俺は関係ないし、お前も言う通り俺は俺だから。それに、お前が守ってくれるんでしょ?」 「ああ」  即答する隆久に笑う。俺がどう言おうと心配所で頑固な隆久は納得しないが、昔から隆久が守ってくれるから大丈夫だと告げればあっさりと済んでしまう。  隆久は良い奴だ。優しくて、一度決めた事は絶対に曲げない。俺は隆久を疑った事は一度もない。 「なあ隆久。最近雨続きだったから川って荒れてんのかな? ほら、小学生の頃俺がこっそり家を抜け出した時あったじゃん。あの時の川すっごい濁ってて荒れてたよな」 「今朝見たが、濁って水位は上がってたが特に荒れてはいなかった。あの時の事は覚えている。お前はたまに思いつきで行動するところがあるから目が離せない」 「そういえばさ、あの時なんでお前俺が家を抜け出したって事分かったの?」 「お前の事はずっと見ている」  恥じらいのない言葉は長年の付き合いからすんなりと納得してしまう。確かに、隆久なら俺の事をあの時も見ていて不思議ではない気がする。俺以外に同じ発言をしてしまえばかなり相手に危機感を感じさせるだろうが。
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