悪魔の花嫁7

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悪魔の花嫁7

悪魔の花嫁7 「不思議な事もあるものです。骨はもうくっついてるし、どう見ても治ってるんです。でも、本人が痛いと、歩けないという限り、リハビリを始めることはできません。別に嘘をついている訳でもないんです。本当に歩き方を忘れてしまってるみたいな……」 医師も、どこか疲れたような顔をしていた。そして私に、思いがけない所をお見せしてしまってすみません、と謝った。そういえば、彼は何故私と少年を会わせたのだろう? 「お医者様には信じられないかも知れませんが、理由は他にあると思いますが。精神的なものから身体に影響を及ぼす事もあるのですよ」 私はそう言ってみた。なんとなく、彼がそういった言葉を望んでいるような気がしたのだった。 彼ははにかんだように微笑んだ。彼もまた、当然かも知れないが少年の気持ちに気づいているようだった。 「神父様に見ていただいても、やはりそういう理由なのですね……。だとしたら余計に、私はあの子から離れた方がいいでしょう。大病院に行く話は本当なんですがね。あそこは金に余裕があるからいろんな設備もあるし、様々な研究ができる。あの子の足が、私が居なくなる事で自然に治れば良いですが、そうでないなら、研究を続けてあげないと……」 どうやら、彼が怪しげな研究に没頭するのは、あの少年のためなのかも知れなかった。私は少し、らしくないが胸を打たれた。そして、神父らしく、気休めにしかならない言葉をかけてやった。 「もし、離れたらあの少年は、あなたを追うために歩き出そうとするかも知れませんしね」 医師はなんとも複雑な表情をしていた。それが、どういう意味なのかは、私には判らなかった。 ++++++++++ 医師に送られて門までやって来ると、門の側に何者かがうずくまっており、その周りをギャンギャン犬が駆け回っていた。犬は私を見ると大袈裟に吠え立てた。私はうんざりしてそいつを蹴りつけ、丸まっている奴に声をかけた。 「よく判ったな。病院の場所が」 「においがした」 悪魔はだるそうに顔を上げると、風を見るような素振りをした。言っておくが、それは私が別に汚いとかいう話ではなく、奴が動物的だからこその答えだった。 よく見ると、悪魔はあちこちすりむいていて、私が悪魔を置いていったから、一人で歩いてきたら何度も転んだ、と悪魔は文句を言った。私は少し意外な気がした。 悪魔は、うまく歩けないのに私を追ってきたのだろうか……。 ふと見ると、側の医師は目をらんらんと光らせて悪魔を凝視していた。そして、私を押しのけ、悪魔の手を両手で包み、口付けでもせんばかりの熱い視線で挨拶を始めた。 医師はもう、完全に目の色が違っており、悪魔の至る所を褒めちぎって悪魔をいい気にさせていた。 いわく、髪の色が美しいだの、目元が可憐だのとせつせつと語っているのを聞き、私は何故か苛立ちを覚えた。それに、煽てられて、悪魔もまんざらでもなさそうに笑顔を向けているのも気に食わなかった。 しかし、何故自分がこんなに嫌な気分でいるのかは、私にはうまく言い表す事ができず、それがまた一層私を苛立たせた。私は奴の目元のどこが一体可憐なのだろう、と心で毒づきながらじっと二人を見ていた。 やはり、この医師が怪しい研究に入れ込んでいるのは自身の嗜好のせいなのだ、とつい先程の感動してしまった自分を悔やんだ。 「ああ、私の薬であなた様の肌が元通りの美しさに戻る事を心から願います。……それにしてもこの角の素晴らしさといったら!とても強い魔力をお持ちなのですね」 奴の角から何が判ると言うのか、医師は専門用語をべらべらとしゃべり続けた。マニアとは、時に異次元に行ってしまうものだ。 「あなた様の角には、不思議なお力があるのでしょうね。人間界では、悪魔の角は様々な薬を調合できると伝えられているのですよ……」 と、医師はうわずった声で悪魔の角を見つめていた。 すると悪魔が突然、 「じゃ、いる?」 と言った。医師はかたまり、角に伸ばしかけていた手を止めて私を見た。私は悪魔を見た。悪魔は右の角に手をかけると、野菜でももぐように手首をひねり、 ばきり と自分の角を折った。悪魔は、自分で羽を引き千切った時のように、瞬間痛そうな顔をしたが、すぐにけろりとして角を医師に手渡すと、もう一方の角も同じようにもぎ取った。 私もそれなりに驚いたが、更に驚いたのは医師のようで、青い顔でふらつき少し後ずさりした。両手に一つづつ角を与えられ、医師の手はあろうことか震えていた。そして、視線を角から悪魔へと移し、弱々しい声で、 「お………おいくらで?」 と問いかけた。その言葉に私はようやく我に帰り、即座に二人の間に割り込み、 「十五くらいでどうでしょう??」 と答えた。医師は「ええ!?」と小さく叫び、潤んだ瞳で私と悪魔を交互に見やった。 悪魔がちろりと私を睨んだ。その視線には、欲張りやがって、という非難が込められていたが、私は知らんふりをした。 この、一五〇万という金額には、悪魔の触り賃と、私の機嫌を損ねた賠償額も含まれているのだ。強気の私に医師は叫んだ。 「そんなお値段でかまわないんですか!??是非出させて頂きます。十五億くらいでお譲りいただけるなんて!!」 マニアというのは、本当に怖ろしい存在だと私は思った。
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