1人が本棚に入れています
本棚に追加
「怪訝な顔をしていますね。次に行きましょう」
そう言われ、エレベーターに乗ってもう一つ上の▽のボタンの階に行った。
エレベーターから降りると、何か熱気のようなものが伝わってきた。
この階では大きな電光掲示板を前にして、大勢が机に着き一生懸命作業していた。
その彼らの熱気が部屋中に漂っている。
これは何をやっているか見た感じで大体分かった。
電光掲示板に映し出される文字を書き取り、書き取り終わると机の横にあるボタンを押していたからだ。
もちろん作業自体の意味は分からない。
だが、その作業の様子を見る限り、一番早くボタンを押すことに何かしらの意味があるように見えた。
「書き写す速さを競っているんですね?」
僕は少し得意気に訊いた。
「とんでもない! 速さなんて競っていませんよ」
驚いた顔で主任風の男が答えた。
一体どういうことなのだろう。
「この作業は、書き写しが終わってボタンを押せば全員お金がもらえます」
「はあ」
自分にはどうしてもそう見えなかったが適当に頷いた。
「ただ、全員が答え終わらないと、次の問題が表示されませんが」
その言葉で何となく状況が理解できた。
書けば書くほど金が貰えるから、みんな一生懸命書いていたのだ。
でも、作業をする彼らの顔には、少し怯えのようなものが見て取れた。
何かを恐れて焦っているような。
少し作業を見ているうちに、それが何なのか大よそ分かった。
彼らは、一人遅れて周りに迷惑を掛けることを恐れているのだ。
たまに文字列を写し間違えて書き直す人がいたが、周りから冷たい視線を浴びせられていた。
こんな雰囲気の中で、そもそも意味の分からない作業を続けるなんて、まともな神経じゃ出来ないと僕は思った。
最初のコメントを投稿しよう!