虚ろなリアル

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怪訝(けげん)な顔をしていますね。次に行きましょう」  そう言われ、エレベーターに乗ってもう一つ上の▽のボタンの階に行った。  エレベーターから降りると、何か熱気のようなものが伝わってきた。  この階では大きな電光掲示板を前にして、大勢が机に着き一生懸命作業していた。  その彼らの熱気が部屋中に漂っている。  これは何をやっているか見た感じで大体分かった。  電光掲示板に映し出される文字を書き取り、書き取り終わると机の横にあるボタンを押していたからだ。  もちろん作業自体の意味は分からない。  だが、その作業の様子を見る限り、一番早くボタンを押すことに何かしらの意味があるように見えた。 「書き写す速さを競っているんですね?」  僕は少し得意気に訊いた。 「とんでもない! 速さなんて競っていませんよ」  驚いた顔で主任風の男が答えた。  一体どういうことなのだろう。 「この作業は、書き写しが終わってボタンを押せば全員お金がもらえます」 「はあ」  自分にはどうしてもそう見えなかったが適当に頷いた。 「ただ、全員が答え終わらないと、次の問題が表示されませんが」  その言葉で何となく状況が理解できた。  書けば書くほど金が貰えるから、みんな一生懸命書いていたのだ。  でも、作業をする彼らの顔には、少し怯えのようなものが見て取れた。  何かを恐れて焦っているような。  少し作業を見ているうちに、それが何なのか大よそ分かった。  彼らは、一人遅れて周りに迷惑を掛けることを恐れているのだ。  たまに文字列を写し間違えて書き直す人がいたが、周りから冷たい視線を浴びせられていた。  こんな雰囲気の中で、そもそも意味の分からない作業を続けるなんて、まともな神経じゃ出来ないと僕は思った。
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