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「それでは、後はお二人に任せて、私達はこの辺で…」 付き添いで来た母と、相手側のご両親はそう言い合いながら、ホテルの瀟洒なラウンジから外に出て行った。 話すことは、特になかった。 僕には申し分のない見合い相手。 いや、僕には勿体無いような、アイドルのようなルックスの淑女といった感じだ。 ルックスだけでなく、性格も良さそうだし、マナーもちゃんとしている。 でも、話すことが何もなくて、僕はただひたすら黙っているしかなかった。 「もうお母さんたちもいないんだから、そんなにかしこまらなくてもいいんじゃない?」 彼女は微笑みながら、優しくそう言った。 「はあ…」 「私、無口な人嫌いじゃないから、無理に話さなくてもいいけどね」 「すいません…」 相手のことを思っての気配りも出来る女性。 それも、恩着せがましくなく、さり気なく、そんなことが出来る女性。 彼女は、やはり僕には勿体無いような女性だ。 このまま黙ってばかりいて、いいわけがない。 いつまでも黙りこくって、彼女に気を遣わせるのは、やはりよくない。 僕はなんとか話をしようと口を開こうとしたが、どうしても中々言葉が出てこない。 「私は、秀明さんとのご縁を大事にしたいと思っています。あ、いきなりご免なさいね。でも、私は秀明さんを初めて見た時からピンときたっていうか、このご縁を大事にしたいと思ったんで…それを先に伝えておきますね」 「ありがとうございます」 それしか言えない。 僕なんかに、そんな… あなたみたいな人が、勿体ない。 "ありがとうございます" 心からそう思った。 そう感謝の気持ちで一杯になりながら、僕はやっと話をした。 「ごめんなさい。僕なんかにせっかくそんな風に言って戴いたのに…。あなたみたいな素敵な方が…。なのに。ごめんなさい。このお見合いは、正直母の勧めを断りきれずにお受けしただけのもので、大変申し訳なく思っています」 「え?…あ…そ、そうですか」 彼女は急に寂しそうな表情になり、そう呟いた。 「大変申し訳ありません」 こういうことは早く言っておいた方がいい。 じゃなきゃ、彼女のような誠実で素敵な女性に失礼だ。 「実は、意中の女性がおりまして、そんな状態で、あなたとお付き合いするような卑劣な真似は、やはり出来ないと言いますか…」 「ああ、元々好きな彼女さんがいたんだ。そうですか。いや、私、お母さんから、秀明さんには彼女も女友達もいらっしゃらないって伺ってたから…。そうですか。お母さんが知らなかっただけなんですね。まあでも、そういうことはよくあるし、別にいいですよ。まあでも秀明さんだったら彼女くらい居てもおかしくないですもんね。私が先走り過ぎちゃったかな」 「いえ、いえ、そんなことは。こちらがはっきりしなかったばかりに大変申し訳ありません。それに母がそんなことを言ったのも、責められないところがありまして。責任は全て僕にあります。本日は大変申し訳ありませんでした」 素敵な女性だった。 この人生で一瞬でも出会ったことが、ほぼ奇蹟に近いくらいに…。 でも。 こういうことは、はっきり最初に言っておかなければ駄目だ。 家を通してのお見合いをするということは、やはり重い意味があることだ。 だから、相手の女性が誠実で素敵な女性であるほどに、最初の段階から、断りの言葉をキチンと伝えないといけないのだ。 思わせぶりな態度や付き合い方をして、相手の女性を振り回したり、気を持たせるような真似は、出来る限りしてはならないのだ。 本当は母が持ってくる見合い話を最初から断ればいいのだが、いつも親身になって勧めてくる母の思いを、そう頭ごなしに撥ね付けることがどうしても出来なかった。
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