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彼女の名は芙蓉。あとふた月で13歳になる。
6年前の雪が降る日、この村に母親と2人で流れて来た。病弱な母はとても美しく優しい人で、村に来てしばらくすると村の男と夫婦になった。
年月が過ぎ、芙蓉も黙っていればしとやかで可憐な少女へと成長した。あくまでも黙っていれば。
彼女はいつも走り回って豪快に笑い、裏表のない明るい性格でみんなから好かれていた。それは外道丸と椿も例外ではなかった。
「芙蓉...。お前少しはしとやかにしたらどうだ。生まれ持ったその顔に申し訳ないと思わないのか。」
外道丸は芙蓉の顎を軽く掴んでクイッと上にあげる。すると芙蓉はふんと鼻を鳴らした。
「あら外道丸。貴方こそ性格がひねくれすぎててその美しいお顔が残念がってるわ。」
眉目端麗な外道丸の顔を間近で見て卒倒しないのは芙蓉だけだった。
村の女達も違う村の女達も、そして名高いお姫様だって外道丸の姿を一度見たものは全て彼の虜になる。
「あっ!そうだ!!」
「?」
芙蓉は外道丸の手を払うと椿の前に立ち、袖の中をゴソゴソとあさりだした。
「椿ちゃんちょっとかがんで。」
「え?なんで?」
「いいからほらほら!」
首を傾げながら椿は言われるままにかがんだ。
すると芙蓉は取り出したモノを背伸びして椿の髪の毛につけた。
「ほら!やっぱり似合う!」
「え..........。」
それはピンクの乙女椿の花だった。
「こんな可愛い花...うちに似合わないよ。」
「何言ってるの!名前の通りすごく似合うよ!椿ちゃんはいつも控えめにしてるけど繊細で可愛いからね!」
芙蓉は自慢げに胸を張る。
そしてじっくりと椿を見てから「自分の目に狂いはない」とコクコクうなずいた。
だがその時ーー。
「げー!そんなでかい図体で花なんて似合わねーだろ!」
後ろから子供達のうちの1人が野次を飛ばした。
その瞬間、キラリと目を光らせた外道丸と芙蓉が派手にゲンコツをお見舞いする。
ーーゴツ!
「お前らごときの低レベルな人間にこいつの良さがわかるはずねーよ。」
外道丸が侮蔑を含んだ鋭い目を向けると子供達はビクッと肩を上げた。
「そんな醜い心を持ったあなたたちには泥でも塗ってあげるわ!お似合いよ!」
芙蓉はぬかるんだ足元の泥を少しも躊躇せずにすくい、問答無用で子供達に投げ始めた。
ビチャっ!
「わぁー!!」
「やめろよ服が汚れる!」
叫びながら村の方へ逃げていく子供達を、芙蓉は泥を投げつけながらどこまでも追いかけて行った。
「ふ...芙蓉ちゃん......。」
「なんて女だ。頭おかしいな。」
おずおずと椿は外道丸に近づいた。
「外道丸は...この花どう思う?」
「ん?あぁ似合ってるよ。」
「............そっか。」
外道丸が顔を上げると椿はパッと横を向いた。
その時、全身泥だらけになった芙蓉が大笑いしながら帰って来た。
「あはは。全員の顔に泥だんごを投げつけてやったわ!みんな泥だらけでざまーみろよ!」
「おまえ......自分はいいのかよったく。ちょっとこい。」
気抜けた顔で外道丸は大きなため息をついた。そして自分の服の袖で、芙蓉の頰についた泥を拭う。
「何よたまーに優しくしちゃって。ずるいやつ。」
ぷいっとそっぽを向いた芙蓉の横顔を見て外道丸は眉尾を下げて笑った。
「本当変なやつ。」
2人のやりとりをいつものように椿は微笑ましく見ていた。外道丸はなんだかんだ言って芙蓉にはいつも世話を焼く。
椿はとっくに気付いていた。
芙蓉が外道丸に対して持っている想いも、そして外道丸の芙蓉への想いもーーー。
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